第4話 虚飾

 昔、親父から、過去のことを聞いたことがある。

 親父……レックス・アンダーソンは目の前の相手……レイモンド・ハリスの友人だった。

 少なくとも、親父はそう思っていたらしい。


 当時、2人は国連軍にいた。冷戦の只中で、各地では紛争が巻き起こり、大戦後とはいえ彼らの仕事は常に危険が付きまとっていたとかなんとか。


「そうだな、あれは……私が重傷を負った日だろう」


 レイモンドがゲリラ兵の襲撃に巻き込まれた理由を、親父は部下の様子を見に顔を出したんだろう……と、推測していた。

 士官階級が絶対にいないはずの場所で、レイモンドは頭に深い傷を負って発見された。その時の傷痕がまだ額に残っている……と、語っていたのはサマンサばあさんだったか、ナタリーさんだったか……。

 ……ともかく、その一件で親父はレイモンドに興味を持ち、親交が始まった。


 つまり、


「私はあの日、なぜか、一人になりたがっていた。……見知った誰の声からも遠ざかり、夜の静けさに救いを求めたのかもしれない」


 この人が壊れたのが、「その時」であるのならば、


「そして、物音に振り返った時には、頭部を切りつけられていた」


 そのタイミングで、「レイモンド・ハリス」の人格が欠損したのだとしたら……


「それから私はなったのだと、何十年も経つが断言できる」

「……それは、どうしてですか」

「簡単なことだ。それ以前の私の行動が、記憶はあれど理解ができなくなった」


 レックスおやじは最初から、レイモンドと友になんかなっちゃいなかったんだ。




 ***




 簡単なことだ。それ以前の私の行動が、記憶はあれど理解ができなくなった。


 その後か?

 そうだな……お前の父親が私の職務を引き受けることになり、療養中に引き継ぎを行った。

 向こうはナタリーのファンであったらしく、親戚であることを知った時は大層な喜びようだった。

 婚約者だと告げたのも、その話の流れだっただろう。


「そうか、そうか……君なら、きっと幸せにできる。安心だ」


 おそらく、ただのファンではなかったのだろう。少しばかり熱心を通り越していた。

 なぜ私なら幸せにできると思ったのか、私にはさっぱり理解できない。

 レックスはそういう男だ。全くもって非合理的なことを、まるで合理的かのように語る。


「僕を呼ぶ時は愛称ロイでいい。君のこともレイと読んでいいかい?」

「構わないが、なぜだ?」

「そりゃあ、君、末永い友情を願ってのことだ」


 お前には理解できるか?

 ……そうか、できるのか。


「なるほど、悪くはない」


 私がそう応えたのは、「人間」ならば……更にいえば「仕事で世話になり共通の話題を持った男に対して」、「家柄の良い軍人は」そう応えるものだと考えたからだ。

 どうだ。「自然」だと思うか? 何か間違いがあったのなら、指摘して欲しい。


 ……どうした。黙り込んで。

 顔がやけに青いが、気分でも悪くなったか。


「……そう、ですね、あなたの言動は……」




 ***




 ああ、「自然」だよ。これ以上ないくらい普通で自然でありきたりだ。

 でもんだよ。それもどうしようもないくらい、罪深い間違いだ。


「……そう、ですね、あなたの言動は……」


 俺を見る視線には、変わらず感情がない。

「どうした。黙り込んで」と、怒っているような、悲しんでいるような、蔑んでいるような、それでいて気遣っているように聞こえた言葉も、きっとそれ自体に心なんてない。全部俺の感情が映し出されているだけのことだ。

 落ち着け、落ち着け。間違ってもテーブルを叩いたり、椅子を蹴ったりするな。……落ち着け……!


「……ッ」


 手のひらに爪が食い込む。

 食いしばった歯が軋む。

 多くのものを失い、すっかり小さくなった親父の姿が、脳裏にチラつく。


「自然、ですよ。何も間違った反応じゃない。だけど……」


 相手は眉ひとつ動かさず、耳を傾けている。


「……酷すぎる……」


 レイモンドは、やっぱり眉ひとつ動かさず、顔色ひとつ変えず、言葉を続けた。


「そうか」


 俺が目を見開いたのが、相手の瞳に映っている。


「……それ以外、言うことがない」


 変わらず表情のない顔で、淡白に語る。


「本来ならば、ここで謝罪をするべきなのだろうが……今は、そういった状況ではないだろう」

「……そうですね」


 脳裏に、レイモンドとよく似た瞳の青年が浮かぶ。

 ……きっと、似た壊れ方だ。あの人のも理屈は同じだ。

 彼らは、自分がわからなくなったまま、「どう振る舞うべきか」が基準になった。


「続けてください」


 レイモンドは「ああ」と頷き、また、記憶を語り始めた。

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