序章 四角い世界 1-5

「っ……!?」

「おおっ……」

 驚く鈴木とどよめく鉱夫たち。ガチャはピカピカと狂ったように点滅を繰り返し、祝福の音色を鳴り響かせる。生まれて物心がついてから、今日までずっとガチャに慣れ親しんできた彼らだが、確かにそれは今まで目にしたことのない演出であった。

「えっ、お、おい……うそだろ……? ま、まさか……」

 さすがに冷静ではいられなくなったさしが、その光景を見ながらぼうぜんと声を上げる。アキトも驚いて言葉もない。

 皆があつにとられている中、やがて演出は収まり、ウィイイインという音と共にガチャのカード排出口から光があふれ、やがてそれが飛び出してきた。

「…………」

 そっと、なにかひどく熱いものに触れるように鈴木がそれを手にする。

 そして、それをのぞき込んだまま動かなくなってしまった鈴木に、業を煮やした手ぬぐいが皆を代表するように尋ねた。

「……お、おい、鈴木さん……? あ、あんた、まさか……?」

 やがて、それを握りしめたままふるふると震えだした鈴木は、くるりと振り返ると、涙を流しながら、〝それ〟……己の手元に転がり込んできた、金色のカードを掲げて見せながら言った。

「あっ……当たりました……。大当たり……。〝ゴットカード〟……【幸運の女神の祝福】……。……当たり、ましたぁ……!」

 ……そしてその言葉通り、そのカードには確かに、女神の一人〝幸運の女神〟メイア・スターズの絵とともにこう書かれていたのである。


【幸運の女神の祝福】

このカードを手にせし者、神の世界の一員となるであろう


「……うおおおおおおおおおおおお!!」

 爆発するように歓声が上がる。年間の当選者、全世界で実にほんの数十人。

 この世界最大の大当たりと言っていい神の世界への片道切符が、今、たしかにここに存在していた。

「うっ……うそだ……っ。そん、な……っ。……おっ……俺が、当てるはずの……ゴットカードがっ……あんなっ……あんな、オッサンの手にっ……」

 地面にへたりこんだぶたづらが、ぼうぜんつぶやく。

「あっ……ありえないっす……。占い四位の俺を差し置いて、あんなおっさんがっ……メイア様のカードがあんな薄汚いオッサンの手にっ……! ありえない、ありえないっすよおお!」

 ネズミが悲鳴のような声を上げる。祝福する者、えんの声を上げる者、そしてそれに釣られてプレイルームに駆け込んでくる鉱夫たち。興奮して酒をき散らす者までおり、狭いプレイルームは一瞬で興奮のるつぼと化す。

「……嘘だろ、ありえねえ……っ。俺も……俺も、挑戦してりゃ当たってかもしれないってのかよ……!」

「…………」

 きようがくの表情で呟くさし。アキトもその光景を呆然と見つめていたが、やがてすずが戸惑った視線を自分に向けてきていることに気づくと、歩み寄り、言葉をかけた。

「……鈴木さん。おめでとうございます」

「っ……。……あ、ありがとう……ありがとうねえ、アキトくんっ……。君が、言ってくれたおかげだよ……っ。ありがとう……ありがとうねえ……!」

 感極まった様子の鈴木がアキトの手をつかみ、深々と頭を下げてその手を握りしめる。一方的な握手であり、鈴木のその手は緊張と興奮で驚くほどに汗で滑っていたが、アキトは嫌がらずその手を力強く握りしめた。

「さあ、鈴木さん。せっかく手に入れたんだ、コールしてはどうですか。皆興奮してます、あまり時間をかけると、その……あまり、良くないかもしれません」

 アキトがそう言うと、はっと驚いた様子で鈴木が周囲を見回した。まさか神のカードを奪い取ろうなどという不敬者はそうそういないだろうが、たしかに興奮している者たちがなにをしてくるかはわからない。

 使うのならば、早いに越したことはないだろう。

「そうだ、早く見せろ! 女神様が本当に来るのか!? この汚い宿舎に! うおお、信じられねえ、もう我慢できねえよ早く出してくれ!」

「そうだそうだ、もつたいつけるな! やれねーなら俺が変わってやるぜオッサン! 急げ急げ!」

「そうだ、はやく! ゴット! ゴット! ゴット!」

「ゴット! ゴット! ゴット! ゴット!」

 鉱夫たちがはやし立てる。

 だらだらと汗を流しながら、すずはキョロキョロとあたりを見渡し、やがて自分が手にしたそれ……ゴットカードをいとおしそうにでた後、再び掲げてみせた。

「う、うん、そうだね……、じゃ、じゃあ……。ああ、緊張するなあ……じゃあ、いくよっ……〝コール〟!」

 そして、解放の呪文〝コール〟を唱える。

 その瞬間。カードからまばゆい虹色の光が放たれ、白い煙のようなものが周囲を覆った。

「おおおっ……」

 鉱夫たちが驚き目を細める。やがて、それが収まったとき。

 ……彼らの前には、幾度となく画面越しに目にした、輝くばかりの女神が立っていた。

「……ヤッホー! 皆、〝幸運の女神〟メイア・スターズだよ☆ 元気いいいいい!?」

「……元気いいいいいいい!!」

 そうして、現れた女神は満面の笑顔を浮かべ、びしりとポーズを取ってその場の全員に向けて叫んだ。それに釣られて鉱夫たちが叫びを返す。

 それは、まさしくこの世の者とは思えないほどの美しさであった。

 輝くような……いいや、実際に輝きを放つ亜麻色の髪。それは後頭部で二つの団子状にくくられており、そこから二つに分かれ腰のあたりまで美しいラインを描いている。見本のように整った顔には、数多あまたの宝石をちりばめたかのようなくりくりとした金色の瞳とみずみずしい果実のようなあかい唇。全体としてほっそりとしているのに、ある意味アンバランスと言っていいほど豊かな胸。キラキラと輝く、可愛かわいらしくもどこか神々しい服と共にその身にはいくつものアクセサリが輝きを放ち、その一つですら一人分の人生を楽に買えそうなほどの価値をうかがわせる。

 だが、それすらもくすむほどの美貌がその顔を彩り、そしてなにより飛び切りの笑顔がその魅力を何倍にも膨らませていた。

 幸運の女神、メイア・スターズ。彼女は地上のどの女性より美しく、また画面越しに見る彼女よりはるかに強力な魅力を放ち、確かにの前に存在していた。

「もー、皆なっかなかメイアのこと呼んでくれないから退屈しちゃったあ! みんなぁ、愛が足りてないんじゃないのー!?」

「うおお、すいませんっした、女神様ぁあああ! あああ、うっ、美しいい! 幸せええええ!」

 もはや自分をなくした鉱夫たちが涙を流しながら絶叫する。それに気を良くしたのか、女神メイアはくるくるとその場で回ってみせると、びしっと彼らを指差してポーズを決めた。

「まあオッケーオッケー! じゃあ、せっかく来たんだから、一曲、歌わせてもらうね☆〝恋のゴールドラッシュ〟、いっくよー☆!」

 そして、彼女がパチリと指を鳴らした途端、アキト達はプレイルームが僅かにゆがんだかのような感覚にとらわれ、そして気づいた時にはそこはきらびやかなステージに様変わりしていた。

「うっ……うおおおお! 女神様の生歌だああああああ!」

 鉱夫たちが喉もれよとばかりに叫ぶ。その視線を一身に浴び、やがて流れ出したBGMとともに、いつの間にか露出の激しい西部劇のガンマンのような衣装に装いを変えたメイア・スターズが舞台の上でその美声を響かせ始めた。

「……〝恋のゴールドラッシュ〟か。たしか、メイア・スターズが主演の、西部劇とかいうやつの主題歌だったか」

「ええ。人気作で、何十年も前から定番として〝ゴッド・ヴィジョン〟で何度も放送されているやつですね」

 まだ状況をうまく飲み込めないといった様子のさしが、つぶやくように言う。返事が欲しかったわけではないだろうが、目立つ位置から逃げるように下がってきたアキトがそれに答えた。

〝ゴッド・ヴィジョン〟とは女神たちがガチャ以外にもたらした奇跡の一つだ。

 四角い箱の中央に映像を映し出す画面がはめ込まれていて、そこには彼女たち女神が様々な情報を発信する〝番組〟と呼ばれる映像が常に流れている。その中から、彼女たちは時に人々に知恵を与え、時に情報を与え、そして何より娯楽を与える。

 演劇、教育、そして歌。人々は子供の頃より彼女たちが行うそれを見て育ち、やがてそれを見て死んでいく。現実で女神をの当たりに出来る人間はほとんどいないが、彼女たちのことを人々は親よりもよく知っているのである。

 そして、この幸運の女神メイアは女神たちの中でも特に人気が高く、時として〝視聴率〟で彼女たちの主神であるあまかぜヒカルをしのぐことすらあるのだ。

「……ふうっ。皆、ありがと~! 皆ノリノリで、メイアうれしいー!」

 やがて三分ちょっとのその曲は終わり、メイアがニコニコ笑顔でマイクを掲げる。

 鉱夫たちはまたもや歓声を上げ、感動の涙を流す。まさか、自分の人生で女神の生歌を聞ける日が来るなど考えたこともなかったのである。

 その光景を特等席で眺めながら、いまだ自分は夢を見ているのではないかと疑っているすずに歩み寄ると、メイアはおもむろにその手を握りしめて微笑ほほえんだ。

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