第21話 王子

 私は家に戻ると誰にも見つからないように、すぐに自分の部屋にこもった。


 泣いている姿なんか、見られたくない。

誰かに見られたら心配をかけてしまう⋯⋯。

私はベットの上で、顔を枕に埋め、必死に泣き声をらさないようにした。


 セイフィード様、何も燃やさなくてもいいのに……。

燃やすなら、あのページ、ウラン爆弾のページだけ燃やせばいいのに、なんで全部燃しちゃったんだろ。

今回ばかりは、いくらセイフィード様でも、許さないんだから⋯⋯。




………でも、わかってる。

本当は、わかっている。

私が悪いって、わかってる。

でも、どうしてもセイフィード様のこと、許せない!


 私は泣き疲れ、しばらくの間、ベットの上でふてくさっていた。

近くに、潰れかかったチーズケーキの箱を眺めながら。


 あーぁ、チーズケーキどうしよう。

私、一人で食べるしかないよね。

太りそう……。

また、セイフィードに重いって言われちゃうかな。

……でも、そういう機会さえ、もうないかもしれない。


……どうしよう、これから。

セイフィード様から魔力を、もう貰えないかもしれない。

そう考えたら怖くて、悲しくて、また涙があふれた。


 舞踏会があと数日に迫っているのに、ダンスの練習もせず、私はダラダラと、だらしなく過ごした。

ゾフィー兄様から舞踏会用のドレスを頂いたのに、気分が一向に晴れない。

はぁ、こんな私、私自身嫌だ。

いっそのこと、素直にセイフィード様に謝ろうか⋯⋯、と何度も思った。

けど、どうしても“アンナ特製魔法陣ノート“を燃やされた光景が浮かび上がり、そのたびにセイフィード様を許せなくなってしまう。


 そして、とうとう舞踏会当日になってしまった。

セイフィード様も出席するってシャーロットは言っていたけど⋯⋯、私は、会いたいような会いたくないような複雑な心境だった。


 舞踏会は城の中にある”ラー神の”で華やかに開催される。

ラー神は美の女神で、“ラー神の”はその美しいラー神の彫刻や絵画が飾られている。

そのラー神のの中央奥に第2王子様がいた。


 第2王子は、21歳で噂通り、筋肉隆々のダビデ象みたいな人物だった。

身長も2メートルぐらいあり、肩幅が広く、王子というより屈強な戦士に見える。

また、この舞踏会が気に食わないのか、だらしなく椅子に座ってイライラし、周りを威嚇いかくしまくっている。


 王子でなおかつ21歳で婚約者もいないなんて珍しいと思っていたが、本人を見たら納得した。

こういう貴族社会が、ほとほと嫌いに見える。

シャーロットが絶対に好きにならないタイプだ。

それに私も、もっと王子様らしい王子が見てみたかった⋯⋯。


 しかし、シャーロットの父親、コルベーナ侯爵の策略で事前に第2王子とシャーロットはダンスすることになっているらしい。

なので、第2王子はシャーロットに気づくと、めんどくさそうにこっちに近づいてきた。


「シャーロット、大丈夫?」


私はこっそり訊いてみた。


「何がかしら? わたくしは、何も問題ありませんわ。それよりアンナのその暗い顔の方が心配ですわ」


 やっぱりシャーロットには、私に何かあったってバレているんだ。


「はぁ、めんどぃ。俺、君と踊らないとこの場から退去できないんだよね」


 第2王子は、頭をボリボリき、面倒くさそうにシャーロットに声をかける。

なんだ、この王子っ、失礼すぎる。

私が王子に一言、文句を言いそうになると、シャーロットが制してくれた。


「それは、お気の毒ですこと」


 シャーロットは貴族らしく優雅に笑みを浮かべながら応えた。

すると第2王子は、私なんか気にもとめず、シャーロットの手を強引に引き寄せ、ダンスフロアに足を進める。


 第2王子は壮烈に、スピード感がある踊りをし、みんなの目を惹きつけた。

シャーロットも、第2王子の速さに難なく合わせ、キレのある踊りをしている。

運動音痴の私には到底できないダンスだった。


 私は第2王子とシャーロットのダンスに魅入っていたら、遠くの方にセイフィード様が見えた。

セイフィード様は濃い青色のベルベットのジャケットを羽織っており、気品にあふれ、いつも通りカッコいい。

しかし、いつも一人でいるセイフィード様の隣に、女性がいる。

その女性は、燃えるような赤い髪に、陶器のような肌を持つ美しい女性だ。


 私が思っ切り、セイフィード様とその女性をじっと見ていたら、その女性は私をバカにしたようにクスリと笑った。

セイフィード様は、私と、私の腕輪を一瞥いちべつすると、すぐにそっぽを向いてしまった。


 今すぐ、シャーロットにあの女性は誰なのか聞きたい。

なんなら、セイフィード様に直接問いただしたい。

別に私は彼女じゃないけど、この女性は誰なんですか、セイフィード様とどういうご関係なんですかって問いただしたい。


 私がずっとガン見してたら、その女性とセイフィード様は連れ立って、事もあろうか、ダンスをし始めた。

そして、セイフィード様とその赤い髪の女性は優雅で、セクシーに踊った。

こちらも皆んなの目を惹きつけた。


 私は嫉妬のどす黒い感情に支配され、赤い髪の女性に呪いの念を送った。

転けろ〜、転けろ〜、転けてしまえ〜と。


 でも、転けるわけなく⋯⋯、赤い髪の女性は満面の笑みをセイフィード様に向けている。

セイフィード様は無表情だ。

何考えているか全くわからない。


「私も踊りたい……」


私もセイフィード様と踊りたいと思ったことが口から漏れた時、後ろから話しかけられた。


「では、私とご一緒にしていただけるかな」


 和かに私を誘ってくれたのは、ラウル先生だった。

魔方陣学のラウル先生だ。


「ラウル先生! ラウル先生もいらしていたんですね」


「まぁ、私も独身貴族だからね。人数合わせで、たまに呼ばれるんだよ」


「私、あまりダンスが上手じゃないんですが、大丈夫でしょうか」


「問題ない。私も下手だから気にすることないよ」


 私とラウル先生は、ダンスフロアに向かい、ぎこちないながらも音楽に合わせ、踊り始めた。

私達は、シャーロットやセイフィード様と反対で、下手すぎて皆んなの注目を集めてしまった。

あちこちから、せせら笑う声が聞こえてくる。

ダンスの練習を、もう少し頑張るべきだった、と私は今更ながら後悔した。


 私は恥ずかしくて、早くダンスが終わらないかと気を揉んでいたが、ラウル先生は、私よりド下手なのに、周りを気にせず笑顔でダンスを楽しんでいる。

そんなラウル先生を見ていたら、こっちまで愉快になってきた。

お互い笑顔になった私たちは調子に乗って、ちょっと難しいターンをしてしまった。


 ターンをし始めた瞬間、ラウル先生の足が絡まり、足をひねり、私を道ずれにして倒れ込んだ。


「バターン!」


 大きな音が、ラー神のに響き渡った。

その瞬間、みんなの目線が集まり、嘲笑ちょうしょうの声があがった。


 私は恥ずかしさと、身体を打ち付けた痛さで茫然自失ぼうぜんじしつになってしまった。

遠くの方で、シャーロットが心配な面持ちで駆け寄ろうとしてくれてるのが目に入り、急いで体を起こそうと試みた。

その時、私の目の前に一本の手が差し出された。

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