第3話 手紙

魔力鑑定が終わって何日間も私は、マイナス思考に悩まされた。

6歳児なのにもう引きこもり生活。


 あぁ、もともとこの世界の人間じゃないから、私には魔力がないんだ。

あの神、過去の記憶なんてどーでもいいから魔力付与の加護をつけてくれればよかったのに。

なんか、この世界に私だけ独りぼっち。

6歳児にして孤独を知っちゃった。

来年から家庭教師のマリエッタ先生が魔法について教えてくれるはずだったのに、私には無理なのかな。

私、これからこの世界で生きていけるのかな。

こんなふうに、私は何日間も出口がない思考にとらわれていた。


 両親も兄弟も、可愛そうな私に、なにかと気を使ってくれる。

いつも喧嘩ばかりしていた、1つ年上のイサベル姉様まで、お菓子を私に持ってきてくれる。


 そういえば、イサベル姉様は、よく精霊の絵を描いていたな。

私には物質世界に存在する妖精は見えていたけど、精神世界に存在する精霊は見えなかった。

みんなと見えている世界も違うのかも⋯⋯。


  そんな不幸のどん底にいる私に、さらに追い討ちをかけるような出来事が発生した。


「トントン」私の部屋のドアを叩く音がした。


「私の可愛いアンナ、いるかい?  ゾフィーだよ」

ドアを開けながらゾフィー兄様が私の部屋に入ってきた。


「ゾフィー兄様、どうしたの?」


「実はね、アンナにお話があるんだ。」


「なぁに?」


「来年の春、結婚することになったんだよ」

ゾフィー兄様が嬉しさを抑えきれず笑顔で言う。


「⋯⋯⋯⋯」

私の思考がストップした。

何も考えたくない。


「お相手はね、エレナ・ティ・コルベーナ。コルベーナ侯爵家の令嬢だ。私は婿養子として、コルベーナ家に入ることになったよ」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

私はもう、何も聞きたくない。


「アンナ?」

ゾフィー兄様が心配そうに私の名前を呼ぶ。


「にいさま⋯⋯、いえを、いえを出て行ってしまうの?」

私は涙ぐみながら訊いた。


「そうだね。コルベーナ侯爵家は首都の城下にお屋敷があるから引っ越すことになるね」

ゾフィー兄様は優しく、私の頭を撫でながら答えた。


「イヤだ、イヤだ、ぜったいにイヤだ。行っちゃイヤ。ゾフィー兄様」

 私は6歳児らしく、大粒の涙を流しながら大いにごねまくった。


「アンナ、かわいいアンナ。こんな時にごめんね⋯⋯」

ゾフィー兄様は、私を優しく抱き上げながら呟く。


 私の涙はとめどなく流れ落ちる。

どうやら私は泣き虫らしい。

その日は泣き疲れて眠るまで泣いていた。

その間、ゾフィー兄様は困ったように、私をずーっと優しく抱きしめていた。


 しかし私以外のみんながゾフィー兄様の結婚を喜んでいる。

それもそのはず、うちは伯爵家だけど田舎貴族だし、兄弟が多いせいで貴族の中では貧しい。

それにたいして、コルベーナ家は名門中の名門。

コルベーナ侯爵家の当主は現役の大臣だ。

ただ、男の子供ができなかったために、ゾフィー兄様が婿に入る。


 ゾフィー兄様は私とは12歳離れていて、今は18歳。

こっちの世界では男性は18歳、女性は16歳になったら結婚できる。

また家督継承は第一子制である。

女性でも家督を継げる。

そして婿養子としては、ゾフィー兄様はかなりの優良株。

次男でイケメンで、文武両道。

18歳になってすぐに御手つきになったのは、うなずける。


 頷けるが納得のできない私は、あまりに悲し過ぎて、我を忘れてゾフィー兄様の婚約者、エレナ様に手紙を送った。


ーーーーーーーーーー

 エレナ様


突然のお手紙を差し上げる失礼をお許しください。

私はゾフィーの妹、アンナ ・フェ・シーラスと申します。

先日、エレナ様とゾフィー兄様が結婚することを聞きました。

私はゾフィー兄様をお慕い申し上げています。誰よりもお慕い申し上げています。

だから、どうかお願いです。私からお兄様を奪わないでください。

どうか、どうかお願いします。

誠に不躾ぶしつけなお願いですが、どうかよろしくお願い致します。


 アンナ・フェ・シーラス

ーーーーーーーーーー

 

 誠にもって6歳らしからぬ手紙を私はゾフィー兄様の婚約者エレナ様に送ってしまった。

それに気づいたのは、しばらく経ってからだった。

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