第27話 白昼夢
お兄さんの事はとりあえずおいておこう。家のお墓参りが先だし。
「なんかめっちゃ気温が上がって来たね」
「そうね、すごく汗が出てきた。これじゃ恰好どうこう言ってられないわ」
そういってお母さんもタオルを手提げから出して首にかけた。
お母さんと地面にしゃがみ込んで、一緒に家のお墓の周りに生えている草を抜いていたので汗だくだ。蚊が寄って来るので蚊よけスプレーを自分とお母さんにシュッシュして、草抜きと墓回りの掃除作業にいそしんだ。
「麻美、塵取りと箒を借りてきて頂戴」
抜いた草を集めながらお母さんに言われて頷く。
「はい」
スクッと立ち上がる。
「若いっていいわ、お母さんそんなに直ぐに立ち上がれない~」
お母さんは麦わら帽子を脱いで頭から流れてくる汗をそっと拭っている。お化粧が落ちるのを気にして顔はそっと拭いていた。お化粧をしていると汗を拭くのも大変だ。
「うん、任せて、お母さんはゆっくりしてて大丈夫だよ」
墓地には所々に樹木が配置されていて、影もあるので休む事も出来る。
手に付いた土をパンパンと払落し、先ほどの水回りの場所に行く。そこに箒と塵取りも並べて置いてある。
ついでに手を洗って水も飲んだ。蛇口が回るので上にして水道から直接ゴクゴク飲む。
「ぷは-」
飲める井戸水だと表記してあったので、頂いてみたのだ。冷たくて美味しい。
墓地にはお墓参りの人達が焚いたお線香の香りが流れている。お線香の香りはとても心が落ち着いた。
ふと近くを見ると、お墓参りに来ている知らない家族とお婆さんが私達と同じ様にお墓参りの掃除だとかをしているのだけど、自分たちの手荷物を他所のお墓に置いて作業をしている。
墓石の段差が置き場所にされて、どうなのそれ?と思ってしまった。荷物置き場にされているお墓の持ち主が居合わせたら喧嘩になりそう。地面に新聞紙でも敷いて置いておけば良いのにと思う。どうして自分たちがされたら嫌だと思う事でも平気でするのかな。ほんと嫌な気分だ。ばち当たりな所業だと思った。
『きゅわ~ん、きょわわ~ん』
「ん?」
ここでなんだかアレな気配を感じる。私の周り跳ね回ってから、先ほどお兄さんが消えていった方に駆けて行った。
箒と塵取りを持って家のお墓の方に歩いて行く途中でお祖父ちゃんと合流だ。
「おう、麻美、暑いのぉ。わしゃ大竹さんとこの墓も他の所の墓にも、参ってきたけの」
「素早いねお祖父ちゃん」
「おう、任せとけ」
おじいちゃんは左手にカラフルな盆燈籠を一つ持ち、肩に六角推の部分をもたせ掛けて飄々と歩いている。
私と同じように首にタオルを下げたお祖父ちゃんが顔の汗を拭きながらそう言った。
盛夏に欠かせない田舎のアイテムだなあと思う。
その後は、掃除して綺麗になった墓石に柄杓でお水をかけて、お墓の土に盆燈籠を立ててお線香を焚き、お数珠を取り出してご先祖様に心の中で色んな報告をした。
お線香に火を付けるのは気を付けないと火傷をするので注意した。太陽の下では炎が見えにくく、線香の束は外側から火が着くから中心まで着火するのは難しい。先に外側の線香が燃えて下に火が回って来るので危ない。
それを手早くまんべんなく着火するにはコツがあるので、お祖父ちゃんがやって見せてくれる。
「難しいね、お祖父ちゃんがやると直ぐに出来るけど」
「まあ、慣れよの、そのうち麻美も上手になるじゃろ」
風が通ると盆燈籠の金銀の色紙飾りが光を反射してシャラシャラと音を奏でた。
「わしらはお寺さんでちょっと話やらお茶やらしてくるけ、麻美も行くか?」
お祖父ちゃんがお参りの後でそう言った。
「どのくらい時間がかかる?」
「ほ~じゃの、50分位はかかるかの」
ありがたいお説教を聞いたり、冷たいお茶を頂いたりするらしい。
「私、お寺の周りを見て回りたいから、終わる頃に駐車場でまってる」
「じゃあまだ出て来ていなかったら、近くに休憩所もあるし、ジュ-スでも飲んで待ってて」
お母さんが小銭入れを渡してくれた。
「うん。そうする」
お母さんとお祖父ちゃんとはそこで分かれた。まだお兄さんは向こうから帰って来ていない。
お兄さんと白狐が気になっていたので、私はそちらに歩いて行った。
細々と冷たい空気の流れを感じる。この樹木の塀の向こうは仕切られた空間になっている。
不思議な事に、そこは初めて見るお墓なのに、私はこの場所を知っていた。
墓の入り口に立つと私の頭の中のはお墓の一群の景色が浮かんだ。
白昼夢の様に家族とそこにお参りに行く少年姿の私が通り過ぎて行った。
綺麗な盆燈籠を見てはしゃぎ、弟と手を繋いでお墓の中を歩き回る。
「きれいだね、きれいだねおかあさん」
「そうね、綺麗ね」
そう返事をしてくれるお母さんの白い顔は、前に見た東神の奥様の顔が時間を若い頃に巻き戻したような顔だった。
代々の墓が連なる広大な墓所。その中でまだ新しい墓の前にしゃがみ込んでいる父に抱き着く。
「おとうさんどうしたの?だれかと長いお話をしてるの?」
そう聞いたのは、人がお墓の前で手を合わせるのは、ご先祖様とお話をするためだと聞いていたからだ。
「そうだね。大切な人と長い話をしていたんだ」
父親が泣き出しそうな顔をしたような気がして抱き着いた。
「だいじょうぶ?」
「ああ、お前がいてくれるから大丈夫だよ」
そのときヒヤリとした風が自分の頬を撫でたような気がした。
母親の顔が豹変したような気がして見上げる。いや、いつもの口元に笑みを浮かべた顔だった。
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