第26話 お墓参り
あれからお寺へと家族で出かけた。お寺の名前は彗煉寺(すいれんじ)という。
村のガソリン屋さんの大竹さんちのお爺ちゃんは、今年の二月に亡くなってこれが初盆だ。
「大竹さんの所には車の事で色々世話になったけぇ、初盆の盆燈籠をお供えしとくわ」
そうお祖父ちゃんが言った。
「わしゃ農協で初盆用の盆燈籠と普通の盆燈籠をなんぼか
お母さんの軽乗用車には盆燈籠が乗らないのでお祖父ちゃんは軽トラの別便で行くと言った。軽トラなら荷台が広くて置くのに困らない。
今年のお盆は良い天気続きになるそうなので、紙で出来ている盆燈籠も長持ちしそうだ。
(雨が降ると悲惨だ。直ぐに色紙の色が雨で色褪せ紙もボロボロになる)
初盆というのは亡くなった人のいる家が四十九日以降に迎えるお盆の事らしい。
盆燈籠は長さが150センチ前後と結構場所を取る。直系1.5センチ程の細い竹が材料だ。
真っすぐで細い竹棒で作られている。先端を六等分して開き、逆六角推の燈籠部分に色紙が貼られた艶やかな燈籠だ。
逆六角推の燈籠部分が人の頭より大きいので、重ねても場所をとるのだ。傘を逆に開いた様なその形から朝顔燈籠とも呼ばれるらしい。そう言われてみれば確かに朝顔が咲いている形に似ている。でも今の所、朝顔燈籠なんて言う人には会った事がない。地元の人は普通に、お墓に備える盆燈籠と言っている。あんなにキラキラして綺麗でもお墓以外には使いどころはないのが残念だ。
この盆燈籠が広まった由来の一つとされる、『昔、亡くなった娘の為に紙屋の夫婦が紙で燈籠を作って供えたのが始まり』説が本当の様に思える。
お母さんの車に乗って彗煉寺に向かった。今日も暑くなりそうだ。
「麻美が生まれた日に・・・ほら、東神様の所の小さい子供さんが亡くなったって聞いてびっくりしたのを思い出したわ。暑い夏だったから、川で遊んでたんだろうなって思った」
「うん。子供は水遊びが好きだから・・・」
私は朝見た夢を思った。キラキラとした水面に水の音。まるで自分の記憶の様に鮮明だった。
車の窓を開けると外のぬるい外気が入り込む。
「麻美、せっかくのエアコンの冷たい空気が逃げるじゃないの」
「あ、ごめん」
急に外の空気が吸いたくなった。
紙と竹で出来た逆六角推の盆燈籠を供える風習は、中国地方の一部に残っているめずらしいもののようだ。
長い竹の棒と、色紙で作られた美しい盆燈籠。逆六角推のそれぞれの角には金銀の飾りが煌めき、細長く裁断されたリボンのような『そうめん』と呼ばれる紙飾りと四角い色紙に網目状に切り込みを入れ引き伸ばされた不思議な形の金銀の紙飾りが下に垂らされてキラキラと風にそよぐ。
初めて見たときは驚いたけど、なんだか懐かしい不思議な気持ちになった事を思い出す。
これが、初盆だと白一色と金銀のみで作られた燈籠をお供えする。墓が埋もれるような白と金銀で彩られるのだ。
そんな風に白い燈籠で飾られたお墓がちらほらと見える。初盆はお参りに来る人が多い。
彗煉寺は大きくて綺麗なお寺だ。
お寺にはお参りの人用に、水道が並び、バケツと柄杓の置き場が作られている。
近くには親鸞聖人の銅像が大きな岩の上に聳え立っている。墓地の横には玉石の砂利が敷かれ、其処には平安時代の装束の様な衣装を身に着けた子供の銅像までも設置されていた。
水場は最近綺麗に作り直したらしく、清潔で新しい。バケツに水を汲み、柄杓も借りる。
生花は家に植えているスプレー菊を新聞紙に包んで持ってきた。お盆は生花の値段が上がるので馬鹿にならない。
こちらに戻って来て初めての年に、あまりの花の値段の高さに驚いたお母さんが、春に花の苗を買うようになった。
線香にライタ-、蝋燭にお数珠。虫よけスプレーもちゃんと用意した。
蚊やブヨに血を吸われると、腫れや痒みに悩むことになる。極力避けたい。暑くて汗が出るのでまた首にタオルをかけている。私はまたおっさん化してしまっていた。
「お寺の施設がとても綺麗よね。東神家から随分お布施が寄せられているらしいのよ。ここ東神家の菩提寺だし・・・」
確かに、田舎のお寺とは一線を画す趣だ。やたら金がかかっていると思えた。
「お母さん、この子供の銅像、横に和歌がつけられてるね」
横に立てられた御影石の石柱に和歌が彫られている。
【明日ありと 思う心の仇桜 夜半に嵐の 吹かぬものかは】
今美しく咲いている桜を、明日も見ることができるだろうと安心していると、夜半に強い風が吹いて散ってしまうかもしれない
これは親鸞聖人が9歳の時、仏門に入る時に詠んだ句なのだそうだ。桜を人の命に例えてあるのだ。
「この
「明日が来るのが当たり前だと思っているけど、そうじゃない。何が起こるかなんて分からないんだって事なんだ」
「そうよ、今日が最後の日かもしれないって悔いのない生き方をしなきゃね」
「でも人間って楽な方に流されて行くから難しいな」
「ふふっ、麻美は誰に似たのか分からないけど小さい時からとても思慮深いから、大丈夫だと思ってる」
「そうかな?そうは思えないけど、ん?」
墓石の合間に、知り合いの姿が遠く見えた。
お兄さんだった。あのひょろりとした後ろ姿と変な色の髪は間違いない。
去年は何とも思わなかったけど、墓所の奥は樹木で囲まれ見えにくい。その向こうには石の柵が連なり奥まった場所に特別な墓所があった。
まるで有名なお武家様の墓所の様に別格で広大なお墓だ。それが東神家の墓所だった。
樹木で出来た塀が風景の一部となっていて気にも留めなかった場所だ。
お兄さんはカラフルな盆燈籠を一つ担いでそこに消えて行った。
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