第20 蔵を壊すとよくない?
旧家には、よく古い土蔵が残っている。
昔から、『蔵を壊すと家が没落する』なんていう謂れがあり、街なかの駐車場にポツンと蔵が取り残されていたりする事がある。
これは、そういう事を信じているその家のお年寄りが蔵を壊すことに強く反対した為だろう。
蔵を壊すと云々言われる様になった理由については、昔は蔵に財産がある事が社会的地位を表す事もあり、それを壊すということは、財産が無くなった→没落に繋がったとの説を聞いた事がある。
近代では全く気にしない人もいるので、そんな事を気にせず蔵を壊す家もある。大抵は神社の神主さんにお祓いをしてもらい蔵を壊すことが多い様だ。
これは、解体清祓というらしい。井戸祓、樹木祓というように、物によりそのお祓いがある様だ。
お金をかける事を厭う人は、崩れかけてるんだから、簡単に壊せるという事で、ちょっと知り合いを頼ってパワーショベルで崩して貰うとか、そういう事をする人もいるみたい。
けれど気をつけないと、蔵は土壁で特殊な造りなので崩すには専門知識が必要になり、無知な者が手を着けると事故の元であったりする様だ。
まあ時代の流れもあって、何が良いとか悪いとか、一概に言えないのが実際の所だと思う。
そういう話は聞くことがあったけれど、これはアルバイト先の道の駅で働くおばさん達が昼休憩に話していた話だ。
平日は午前中まで野菜売り場で働いて、12時になると帰る挨拶をしてから昼食を食べて家に帰る。
昼食は職員関係者の休憩所や人が少ない平日だと外の空いているベンチでお弁当やパンを食べて帰るのだけど、パートで昼までのおばちゃん達も休憩室で一服して帰る。
「鹿谷村の山内さんの所が、半年くらい前に蔵を壊しんさったんよ。息子が嫁さん貰うんで古い蔵を壊してそこに新居を建てるいうてね」
「やあ、そりゃあ大変じゃ、年寄りは蔵を崩すん嫌うけえね。よう崩しんさったね」
「山内さんとこは、お爺さんも、お婆さんも早うに亡くなったけえ、反対するもんがおらんかったんよ」
「じゃあ、何も無かったん?」
「ほんまよ、大丈夫だったん?」
おばさん達が口々に同じような事を言っている。実にかしましい。
「それが、大丈夫じゃ無かったんよね」
話していたおばさんの声が一段低くなり、声をひそめる。
「なんかあったん!?」
「あった言うもんじゃないんよ、半年の間に、蔵を崩すのに関わった関係者が3人も亡くなったんよー」
「「「「「「ええええーっ」」」」」
耳を押さえたくなるほどの、おばさん達の声が響いた。
「蔵を崩すのを依頼した山内さんとこのお父さん、蔵を崩す工事を請け負った工務店の社長さん。それと新居を建てるヤマタホームの担当者」
「それ、もしかして三瓶工務店!?」
「そうなんよ、社長さん近道しよう思うて山道抜けるときに、落石が車に当たったらしいよ。運転席は滅茶苦茶になっとったそうなけえ」
「やーや、急に亡くなったけ、びっくりしたんよねー」
「山内のお父さんは、夕方急に冷えて三河の橋が凍ってスリップしたらしいよ。欄干にぶつかって亡くなっとるし、ヤマタホームの人は、吊ってあった木材が強風でワイヤーが切れて頭に落ちて来たんと。……ほいで、結婚はだいぶ先に伸ばしちゃったんよね」
シーン、となった。
「ああ、わたしゃ今、さむイボが立ったわ」
「何言おるん、そりゃあ、鳥肌じゃろ」
そこで、皆んなが笑ったので、空気が緩んだ。
「やっぱり、蔵はいけんよねー、井戸も怖いけどねえ」
「ほんま、ほんま」
「怖いわー」
「そういやあ、井戸いうたら、どこかは分からんけどこっちの方で祟るいう井戸の話を聞いた事があるわ」
「だめだめ、やめんさい、私も子供の頃大人から聞いたけど、そりゃあ口にしてもよーない言われたよ」
「こわいねー。大昔の謂れでも、蔵を崩すんと同じでせんほうがいい言うことはせんのが一番よ」
※せんほうがいい(しない方がいい)
祟る井戸?それって何だろう、その時は何故だかそれが私の琴線に触れたのだった。
一瞬だったけど、頭の中に、暗く苔むした知らないはずの庭の様な風景が浮かんだのだ。
でも、ここで私が突然、「それってどんな話ですか?」なんて口をはさめる訳もない。
この辺りの人が知ってる話なら、家でお祖父ちゃんに聞くか、百家くんとこに聞けば分かるはずだ。
火事や災害に遭わない限り、神社には昔の記録が残っていると聞く。
気にはなったけど、ぐっと言葉を飲み込んだ。
百家くんには別の事も話があるし、後でメールで聞いてみよう。
「じゃあ、失礼します」
おばさん達に声をかけて休憩所を出ることにした。
「ああ、麻ちゃんお疲れ~。やっぱり若いもんはええよねえ。麻ちゃんが来てくれてからシャンシャン仕事がまわるけーええんよ」
「ありがとうございます。じゃあ、明日もよろしくお願いします」
「はいはーい」
おばちゃん達の元気な声に送られた。
「おつかれ」
パン屋の前で、お兄さんに声をかけられた。
「お先です、あの、」
ささっと周りを見回して、誰もこちらを注意している人もいなかったのでお兄さんの側に近寄った。
丁度、お客さんも居ないし、私がパンをよく買って食べているのを道の駅で働く知り合いは知っているので例え見ていたとしても気にする人はいないだろう。
「ん、パン買って帰る?」
トングとトレイを渡そうと思った様で、お兄さんはひょろりとした薄い身体で後ろを振り返る。
「じゃなくて、お兄さん、コレ、神社のお守りなんだけど。オサイフの中にでも入れて持ってて」
私は、半紙に包んだ護符をお兄さんに渡した。
「え?」
ちょっと挨拶するくらいの間柄になったからと言って、いきなりお守りもないだろうとは思ったけど、ずっと渡すチャンスを狙っていたのだ。それは今だ、今!
「お兄さん、痩せてるし……なんか、その、気になったから。えっと、変な宗教の勧誘じゃ無いよ。……百家さんの護符だから大丈夫!」
お兄さんは、呆気に取られた様になっていたけど、私がグイグイ押し付けた紙をそっと手にした。
「ありがとう……」
「う、うん。じゃ、じゃあね」
私は、丁度家の近くに停まるバスが来たのでバス停に向かった。振り返るとお兄さんがずっと見ていたので手を振った。するとお兄さんも手を少し振ってくれた。
バスに乗って、長い息をつく。これは、安堵のため息だ。
ため息を吐くと幸せが逃げる、なんていうけど、逆に身体には良いそうだ。
よし、とりあえず渡せた。
良かった……知らず入っていた肩の力を抜いて、座席の背もたれに身体を預けた。
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