第18話 高校一年生の夏休み
私が入学した高校は猪谷高校という。その前に通っていた中学の直ぐ近くにあった。三年後にはこの二つの学校は中高一貫校になるらしい。中高一貫の方が受験が一回で済むからいいような気がする。
それはそうと高校生活が始まって、夏休みに入るまではあっという間だった。
百家くんとは友達関係にある。というのも、私は友達って今まで居なかったんだけど、百家くんは例の尾根山くんの出来事以来、携帯電話で何かとメールをしてくるのだ。
同時期にこちらにやって来た者同士で、お互い不思議体質を持つ事もあって話が合う。家族や他人に絶対に言えないような話でも普通に出来るという経験も初めてだった。そして普通に話をして面白いと思える他人というのが初めてだった。
なんとなく、こういうのが友達というのかもしれないと思った。悪くない。そう思うのも初めてだ。
神社では季節ごとに行事があり、家の区域の総代をしているお祖父ちゃんは何かしら用事があって神社に行く。
四月の第三日曜日には『春祭り』という行事があり、区域ごとの総代が集まる。五穀豊穣の祭りだそうだ。
祭りといっても総代が神社に集まって祝詞(のりと)を聞くだけだという事だった。
祝詞っていうのは、「しゅくし」とも言うらしい。主に神事の時に唱えられるもので、平安時代の「延喜式」という古代法典から編纂(へんさん)されたと聞いた。編纂というのは、多くの文献をあつめ、それに基づいて、新しく記述した 書物 に使う言葉だと百家くんが言っていた。それにしても、平安時代とはすごい。
その百家くんが、春祭りの日は弁当を持って神社の裏山に登ろうというので、お祖父ちゃんの軽トラに乗せてもらって一緒に神社に行った。
弁当は自分で作り、お茶はたっぷりほうじ茶を水筒に用意した。
その弁当の中身は、お母さんに教えてもらった、油揚げを使った色々なおかずを詰めている。
揚げ餃子、卵巾着、包み焼きといったアレらが好きそうなメニューだ。肉じゃがコロッケもある。
このコロッケは肉じゃがのあまりもので作った。弁当に入れるとふにゃっとなるけど仕方ない。
どのみちタナカのフライヤーの足元には及ばない。アツアツには勝てないよね。
ほうれん草の胡麻和えや、彩りに紅白なますも作って入れた。野菜も入れなきゃね。
「麻美、二人で食べるにしても多いんじゃないの?」
「大丈夫、百家くんが食べるから」
「そんなに食べそうな感じに見えないけどねえ。リュックが重そう」
「人は見た目じゃないんだよ。あの人、結構食べるんだから」
「そうなの?」
「そうよ」
適当に返事をした。百家くんに憑いてる白狐達はかなり食い意地がはっているのだ。とは言えないので、心の中で呟いた。
神社の裏山には山桜、ツツジに山吹といった具合に色とりどりの花々が咲いていた。元々日本では大昔からこの時期には山に登り花々を手折り神様に捧げていたことから花見の行事などになったらしいという。
リュックを背負って裏山に細々と続く段々を登り、途中で手折った花を祠に捧げた。
ざあっと風が吹いて花弁が舞う。白狐達が回りを跳ね回って遊び、時にはリュックの上に乗っかった。
清香がどこからともなく鼻を抜けていった。
「はは、随分と塙宝は歓迎されてるな」
「天気も良くて、すごく気分がいいよ。ありがとう」
お弁当タイムは、大騒ぎだった。特に白狐が。彼らは冷めたコロッケも気に入ってくれたようだ。油揚げを使ったおかずは、一番揚げ餃子が好きだったらしく、弁当を広げた途端に一瞬で無くなっていた。
「俺の食べる分を残してくれよ」
と、百家くんがぼやくと、白狐がきゅわきゅわ言ってたのは、早い者勝ちだと言っていた様だ。
そんな風に彼らと過ごすのは楽しい事だった。
もう一つ、この夏休みには例の道の駅でアルバイトをする事になっている。おじいちゃんの伝手で、野菜売り場でアルバイトをするのだ。そう、熊山牧場の横山のおじさんにお祖父ちゃんが頼んで探してくれたアルバイト先だった。熊山牧場のモトチチは、あのまま真面目に仕事を続けているようだ。
道の駅のアルバイトは朝早くからお昼までの仕事だった。土日のイベントのある時は終日出る事もあったけど。
アルバイトをしに行くのに、お昼に道の駅のパンを買って食べていたら、アルバイト料が減るからやっぱ弁当持って行こうかなとも思ったけど、そこは美味しいものを食べる楽しみも欲しいから良い事にしようと思う。毎日でなくとも焼き立てパンが食べたい。
そうして夏休みがやって来た。母よりも年上のおばちゃん達から教えを受けて働くのは楽しかった。
過疎化が進んで年寄が多いので若い子は可愛がられる様だ。
パン屋のお兄さんは毎日朝から夕方まで道の駅で働いている様子だ。パン屋の手があくと、野菜を運ぶ手伝いや、駐車場のゴミ拾い、頼まれると黙々と何でもやっていた。土日のイベントで川魚を串にさして焼いて売る時も、地元和牛の炭火焼も手伝っていた。どっちも汗だくで。
野菜売り場は道の駅の宿泊施設の隣の建物にある。パン屋さんとはすぐ目と鼻の先だ。
お兄さんは相変わらず色の抜けたまだらの青色系(鯖色)の髪色をして、バンタナを三角巾代わりに頭に被り、生気のない風体だった。それが私にはどうにも寂しい色を纏っているように見えるのだ。
道の駅のおばちゃんたちの噂話から、どうやらお兄さんはM市のJR駅近くのアパートで一人暮らしをしているらしいと知った。
なんでも、この道の駅も東神様の出資で成り立っているそうだ。お兄さんは苗字を東(ひがし)と偽り、働いているけれど、本当は東神のぼっちゃんだと皆、暗黙の了解の上だと後で知った。(横山のおじさんに教えてもらった)
「ぼっちゃんはずっと学校にも行きおりんさんかったが、やっと外に出て見よう思うたらしいんじゃ」
家でおじいちゃんと横山のおじさんが縁側で漬物を食べながらお茶を飲んで話しているのが聞こえた。
「そりゃーなんとかしたいわのぉ-」
何とかしたい。そう、お兄さんをあの寂しさから何とかしたいなあと思った。
お兄さんのお母さんに憑いていた黒い物は良くないものだった。
出会った時に、私はお兄さんがずっと苦しんでいるのだと感じた。
何を苦しんでいるとか、どうしてなのかとか考えるよりも、お兄さんの苦しみを取り去ってあげたいと思ったのだ。そんなのはおこがましい考えだと思いながら、気づかない振りをしながら、やっぱりずっと心の隅で気持ちは変わらない。
私は、それをしなければならないのだと、はっきりと確信する。お兄さんの影がこれ以上薄くならないうちに。
間違いなくあのお兄さんが私を焦燥に駆り立てている原因だったのだと遅まきながら納得した。
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