第12話 ドーナツに釣られた私

 塾が終わると、出入の履歴が残るカードを押して、スリッパを下駄箱に入れた。


 ビルの二階にある塾なので、階段を下りて出口に向かう。ガラスの押戸を押して外に出ると、


「よう。待ってたぞ」


「・・・何で?」


 思わず眉をしかめてしまった。


 そこには、バスを降りて分かれた筈の百家くんと、もう一人、尾根山くんがいた。


「わーホントに淡泊な反応、端宝って面白いなあ。百家を相手にこんな態度を取れる女子がいるんだね」


 と、尾根山くん。尾根山くんは学級委員長をしている。もちろん個人的には何の付き合いも無い。


 その尾根山くんの目の下にはなんかクマがある。ちょっと顔が疲れた感じ。


「ハア?」


 なんでこの二人がいるのか分からない。


「ごめん。ちょっと用事があったんだ」


 今度は百家くんがそう言った。


 立ち止まっていると、後ろからドアを開けられた。次々帰る生徒が降りて来るはずだ。邪魔になるので出口からどいて、スーパーを指差した。


「暑いし、スーパーの中に入ろうよ」


 一体なんなんだ、私は早く帰って、夕方のアニメが見たかったのに・・・。


「そうだな。フードコートに行こうか。ミス・ドーナツ驕るよ」


 その言葉に、不機嫌だった私は、急に元気になった。


「ホント?じゃフレンチクルーラーがいい!」


「ぷっ。分かった」


 頭使ったら、甘い物が食べたくなったんだ。フレンチクルーラーは買った時に食べないと砂糖のコーティングが時間が経つと溶けてしまい、がっかりするのだ。ハニーチュロスも同じだ。食べるなら、今はアレを食べたい。


 フードコートの丸いテーブルには椅子が四席ある。空いている所に座ると、百家くんと、尾根山くんが二人でドーナツを買いに行ってくれた。


 オレンジジュースの代金を渡すと、それも払うと言われたが、どっちにしても塾が終わったら飲み物を飲んで帰るつもりだったから自分で出すと言って渡した。


 あ、でも前に百家くんの白狐にコロッケ食べられたんだった。なんてセコイ事を思い出す。


 あの狐、コロッケ美味しかったのかなあなんて、思った。


 ドーナツを買う為に並んでいる百家くんを女の子だけじゃなく、彼の容姿の良さに気付いたその辺りの人が見ている。そうそう、観賞用にぴったりだよね。目の保養って奴。


 こそこそ、カッコイイとか芸能人みたいとか言ってるのが聞こえる。ハイハイそうだよね。


 こういう目立つ人と、なるべくならご一緒したくないっつーの。人が多い所では尚更だ。


 けど、目立つのは百家くんのせいではないのだ。そこは分かっている。


 二人がドーナツを買って来てくれたので、ご相伴にあずかる。


「うーん、おいっしい」


 砂糖でコーティングされた外側がサックリと、中はちょっと残念にも結構空洞があるんだけど、ふんわりともっちりが共存した生地が何とも言えず旨い。うん、これが食べたかったんだよお。


 ちなみに、尾根山くんはエンゼルクリームで、百家くんはオールドファッションだった。


 実はわたしもオールドファッションが好きだったりする。あの素朴なほっくり感がいいんだよね。中も詰まってるし・・・。


 もう一個たべちゃおうかなとか思ってると、百家くんが声を潜めて話を始めたので、オレンジジュースをゴキュゴキュと吸い上げる。


 飲み物だけど、男子二人はメロンソーダにしていた。


「尾根山の家の話をさせてくれ。最近、尾根山の家族は中古の家を買ってマンションから引っ越したんだよ」


「・・・ふーん」


 だから何とは言わずに、一応だまって聞いておく。


「そしたらさ、夜中にカリカリ音がするらしいんだ。その相談だ」


「その相談だ、じゃないよ。だいたいそれ、ネズミとかじゃなくて?」


「違うよ、そんなんじゃないんだ」


 今度は尾根山くんが参加してきた。


「あのさ、一応言っておくけど、私には視えてもなんも出来ないよ」


 嫌な感じの話の流れなので、けん制しておく。多分そういう話なのだろう。


「うん、ごめん。本当に困っててさ、思わず百家くんの家が神社だって聞いていたから相談したんだよ、そしたら、君にも聞いてもらえって言われたんだ」


「そうなんだ」


 ジロリと百家くんの顔を見ると、ニッコリされた。なるほど、己の顔面の使い方をよく心得ているらしい。


 だが、無駄だ。私には効かない。知らんふりしてやった。


「専門的には君の方だろ」


「ハア?」


「いや、だから怒んなって、もう一つフレンチクルーラー食べる?それともオールドファッション?」


「・・・オールドファッション」


「あ、じゃあ僕が買って来るよ、先に話してて」


 そう言って、尾根山くんはミス・ドーナツに走って行った。


 く、うかつにも、オールドファッションという言葉に反応してしまった。 


「春休み頃にさ、中古物件を売り出していたのを見に行った尾根山の両親がその家を気に入って買ったんだよ。川向うのH町。川のすぐ近くなんだそうだ。それで、壁紙とか張り替えたり、外装を塗り替えたりしてさ、夏休み前にマンションからその家に移ったらしい。その家では彼の両親は一階で寝ていて、尾根山は一人っ子で、二階に一人で寝てる。すると引っ越したその日から夜中に必ず窓の外からカリカリ音がするらしい。最初は野生動物か何かが音をさせてるのかなとも思ったそうだが、必ず夜一時になるとカリカリ音がし始める。カーテンを開けて見ても何も居ない。それで両親に言っても取り合ってくれなかったそうだ。実際、父親に一緒に部屋で寝てもらった日には、音はしなかったそうだけど、一人で眠ると決まって夜にカリカリ音がするらしい」


「それって、本当に野生動物じゃないの?」


 そうなのだ、けっこう鴉が屋根を歩いたりする音が響いたり、屋根裏に入り込んだ野生動物が大きな音をさせる事は田舎ではよくある。


「違うんだ。その後も続いて、気味が悪いから夜中も電気をつけっぱなしで寝ていたそうなんだ。すると暫くはカリカリ音がしなくなったんだけど、夜中にトイレに行った時に出たんだそうだ」


「何が?」


「だから、幽霊だよ。トイレから出たら前に立っていて、腰抜かして叫び声をあげたら親が起きて来たそうだ。その時には幽霊は消えていたんだけど、廊下に水溜まりがあったって」


「ふーん。それだけじゃわからないよ」


「だろう?尾根山の親も寝ぼけていたんだとか、漏らしたんだとか言ったらしくてさ。俺はちょっと専門外だから、端宝に手伝ってもらおうと思ったんだ」


「あのさ、私、べつにそういうの専門にしてませんから」


 なんだソレ。むっとしてそう言った。すると丁度、尾根山くんが戻って来た。


「お待たせ、ちょっと混んでて遅くなっちゃった。話、聞いてくれた?」


 トレイに載せられたオールドファッションを前に置かれ、しぶしぶ頷く。


 すると、いい笑顔で百家くんが言った。


「今日はもう夕方だから、明日、端宝の用事がなかったら、尾根山んちに一緒に行こう」


「ごめんね、忙しいのにこんな事頼んで。でも僕も怖くてさ。今度から一階で親と一緒に寝る事にしたよ。来てもらうバス代とかは僕の小遣いから出すから頼むよ。お願いします」


 まあ、ここまで言われて、その上、ドーナツまで食べてしまっては行かないわけにもいくまい。


 そんな感じで、私の夏休みが始まったのだ。


 



 




 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る