第10話 友達
百家クンは私に気付いていた様で、歩いて私の前にやって来た。
イケメン男子に興味のない私ですら、綺麗な人だなあ、と素直に思うような少年だ。
脚長っ。世の中にはこういう存在があるんだ・・・。とは思うものの、自分がそういう存在いになりたいとは思えない。
いや、むしろ嫌すぎる。一挙一動を見られるなんてぞっとする。気の毒・・・。微妙な視線になってしまった。
これは、本人が人に見られるのが好きで、目立つのが好きならばいいだろうけど、そうでないとキツイだろうな。
「バスでも一緒だったな。こっちの者(もん)だったんだ」
「こっちに来たのは去年の夏だけどね」
「ふーん、そうなん」
「えーと、ここの神社に住んでるの?」
「よく分かったな」
「なんとなくね」
「ここは祖父ちゃんと伯父さんの家なんだ。これからはここで暮らす」
「ここのお宮さんの苗字は
「ああ、“百家さん”て呼ばれてるんだろ、この辺りじゃ」
「そうなんだ。珍しい苗字だもんね」
私はそんなに詳しい事は知らないのだ
「家の母親の実家なんだ。兄の伯父さんには子供がいないから養子になったんだ」
「・・・じゃあいずれは神主さんになるの?」
「たぶんな」
そう、この神社の気配というのか、百家くんからはそれを感じた。この神社に憑いている何かの気配だ。
この人、意外と普通に話せる人だ。学校ではツンだったが。私にはとっつきやすい人だった。
百家クンの周りにはなんかざわざわと風が舞い踊るみたいに喜んで跳ね回る何かが居て、彼を守っていた。
『きゅいーん。きょわーん。きょわぁーん。きょきょーん』
犬の鳴き声にも似ているけど、ちょっと違う。お祖父ちゃんちの周りでも夜中に鳴いてるのを何度も聞いた。
最初は犬が変な声を出して苦しんでるのかと思って驚いたんだけど、お祖父ちゃんがこれは狐の鳴き声だというので知ったのだ。街中で狐の声を聴く事もないので、分からなくても当たり前だと言われた。
「ああ、狐だ・・・」
おもわず漏らした言葉を彼の耳は拾ったようだ。
「へえ、もしかしてと思ったけど、お前はこういうの視えるの?」
そういうことは、百家クンには視えるのだろう。
「・・・視えるのは、いわゆる霊魂だとか幽霊ってやつかな。狐(もののけ)は気配と声だけみたい」
この桜の神社の結界のせいなのか、とても心が落ち着いている。不思議と彼とは普通に、現実離れした話が出来た。
「へえ、そりゃ初めて似たような奴に会えたな。俺は半分狐が混ざってるみたいでさ、色々視える」
「混ざってる?」
「そう。この家には白狐の末裔って話があるらしい」
「末裔・・・」
私は、『この人私と通ずるものがある』と思った。向こうもそうだったのだろう。
この日は二人で桜を見て歩いた。直ぐ近くにある桜谷という場所にも連れて行ってもらった。話す事はお互いがぽつぽつと色々今までの事を話した。そこでも喜んで跳ね回る獣の気配がした。
「油揚げ持って来てやれば良かったな」
「やっぱ油揚げが好きなんだ」
「そう。それも、紅花なんとかの柔らかい奴が好きみたいでさ、アレを持って来てやると大喜びする」
「もしかしたら、タナカの婆ちゃんのフライヤーも好きかもしんない・・・」
「え、それなんだよ?教えてくれよ」
そんなたわいもない話をしながら二人で歩いた。
御神木の所まで帰って来るのにかなり時間がかかった様な気がしたけど、時間はそんなにまだ経っていなかった。
「そういや、お前の名前何て言うん?」
「端宝
「端宝?変わってんな」
「うん、珍しいよね。この地方独特みたい。
「まあな。こっちでは初めての友達だ。まあ、宜しく頼むわ」
手を突き出されたので私も出した。
「あ、うん」
ぎゅっと握られた手が温かかった。
それからお祖父ちゃんの軽トラの所まで送ってくれた。
丁度おじいちゃんと、神主さんの格好をした同年代のおじいさんがやって来た。
「おお、斜陽、丁度よかった。ん?もしかしてもう知り合いなんか」
神主さんはおじいちゃんの先輩だろう。私と斜陽クンが並んで歩いているのを見てそう言った。
「祖父ちゃん、端宝さんと同じクラスになったんだ」
「おおそうか。そりゃ良かった。孫の
神主さんは私とお祖父ちゃんにそう言った。
「すごい男前じゃなあ、これは孫の麻美なんよ、まあ頼むわ」
お祖父ちゃんはニコニコしながらそう言った。
「麻美です宜しくお願いします」
「おおよろしゅうお願いします」
神主さんは薄い色の瞳が、百家クンとよく似ていた。
神社で桜を見た帰りはタナカの婆ちゃんのフライヤーを買って帰った。
「おや、麻ちゃんいらっしゃい」
「こんにちは、わあ、今日も美味しそう」
「今日もええ匂いしとるわ、ついつい引き寄せられるのお。婆さん、コロッケ買って帰るわ」
「まいどー。ちょっと待っててな、もう直ぐ揚がるから」
お祖父ちゃんは鼻をクンクンして待っている。
お店に入ると婆ちゃんが揚げ物を揚げながら直ぐに向こうから声をかけてくれた。タナカに行ったら必ずフライヤーを買って帰るので、仲良くなったのだ。婆ちゃんは小さい身体をしゃんと伸ばして割烹着を着ていつも揚げ物をしている。シャキシャキした可愛い婆ちゃんだ。
コロッケを8個お祖父ちゃんが買ってくれた。車の中で二人で一個ずつ食べたのはお母さんには内緒だ。
「やっぱり揚げたてが一番旨いのお」
「うん。んまい」
熱々が一番美味しいんだよね。
一口齧ってもう一口・・・ん?
「なっ、無い」
「あ?何がじゃ」
一口齧った残りのコロッケが忽然と手の中から消えたのだ。
『きょわーん。きょわわーん』
ハッとして軽トラの狭い車内を見回す。
「え・・・何でもない。コロッケ美味しかった・・・」
「何じゃもう食べたんか、麻美は早いのお」
狐の気配はもう無かった。
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