こころ

@kakitubatahana

こころ


 まっしろな、まっしろなお部屋の中に、一つのまるいガラス玉がありました。

 それは、「素直なこころ」でした。

 素直なこころは、つるつるしてて、透き通っていて、とても綺麗でした。

 でも、素直なこころは、とても傷つきやすいものでした。

 ちょっとしたことで、すぐに傷ついてしまいます。

 そしてその傷は厄介なことに、なかなかに治ってくれないのでした。


 だから、唐突に傷つけられないように、ぺたぺた、ぺたぺたと、テープで補強されていきました。

 「意地」というテープで。


 そうしたら、どうでしょう。

 いつの間にか、素直なこころがテープで貼られ、剥がれにくくなって、出れなくなってしまいました。

 出れなくなった素直なこころは、それを知り、ぽろぽろ、ぽろぽろ、涙を流すのです。

 「本当の私はこんなんじゃない。」

 「本当はこんなこと言いたいんじゃない、言われたいんじゃない。」

 と。

 どんなに涙を流しても、どんなに訴えても、テープは剥がれようともしません。

 どうやったらテープは剥がれるのでしょう。

 素直なこころは考えました。

 そしてふと、思いました。

 このテープを貼ったのは、だれだっただろう、と。

 そしてこうも思いました。

 このテープは、貼った人しか剥がせないのでは、と。


 そう思った素直なこころはやっとの思いでテープの隙間から、外を見ました。

 そこには、『あなた』がいました。

 ずっとこっちを見ています。

 表情は、ありませんでした。

 ただ、無表情で、それが悲しくて、また素直なこころはぽろぽろと涙をこぼしました。

 『あなた』の姿が涙で滲んでいきます。

 「テープをとって」

 素直なこころは震えた声で言いました。

 だけど『あなた』は首をふります。

 「テープをとったら、君は壊れてしまう、だからとることはできないよ」

 無表情かと思ったその目は、悲しみを映していました。

 「怖いんだ」

 『あなた』は言いました。

 「このテープをはがしたら、君はまた出てきてしまう。出てきたところを、誰かが傷つけてしまう」

 そう言って、そっと素直なこころに触れました。

 

 素直なこころはそれでも懸命に訴えます。

 「ねぇ、私は『あなた』の素直なこころだよ? 本当の私は、こんなテープまみれじゃない。綺麗なガラス玉なの。私はあの素直な『あなた』を見たい。諦めないで、傷つくことから逃げないで」

 ぽろぽろ涙をこぼしながら、素直なこころは言いました。

 何度も何度も涙をこぼしながら、言いました。

 『あなた』は何もいいません。

 その代わり、素直な心の視界が広がりました。

 その目の前には、『あなた』がいました。素直なこころと同じように、ぽろぽろ涙をこぼしています。

 「諦めなかったら、逃げなかったら、その先に何かがあるかなぁ」

 『あなた』はまた一つ、また一つテープを剥がしながら素直な心に問いました。

 ぱた、ぱたと、涙が床に落ちる音が聞こえます。

 「うん。傷つかない人なんていないんだよ。大丈夫、私はひび割れても、壊れても、もっと丈夫になって、『あなた』のなかにいるから。どうか、そのことを忘れないで」

 そう答えると『あなた』は少し微笑んで、「ありがとう」と小さく言いました。

 テープはまだ少し残ってるけど、それでもいいと、素直な心は思いました。

 これくらいなら、ひょっこりまた、顔を出せるから。


 ねえ、『あなた』のなかの素直な心に貼りついてるテープをとれるのは『あなた』だけなんです。

 どうか、貼りすぎないで下さい。


『あなた』が泣いてしまうから。

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