第97話 ビールサーバー

No97

ビールサーバー




 翌日、"餌付け亭" で朝食を食べてからメイン通りをマダラと歩きアンリエッタ邸を目指す。


「おーいっ! 今日は新しい肉とタレを仕入れて試作したんだ! 味見していってくれよ!」


「こっちも頼むよー! 焼きたての魚介だよっ!」


「こっちは肉のブツ切りに特製タレをかけた物だ! どうだっタレが焼ける匂いは!ヨダレが出てくだろっ!」

 と、賑やかに露店の店主達が俺とマダラを誘ってくる。確かに、新しい肉やタレに興味はある。


 さらに、焼きたての魚介は香ばしい匂いを立ち昇らせてついつい歩み寄ってしまう。そして、タレの焼け焦げる匂いがなんとも凶悪だ。そんな匂いがすれば誰でも買ってしまうではないかっ!



 すると、すぐにマダラが思念を飛ばしながら気になった露店へと向かっていく。

『セイジロウ、次はあの店じゃ! カニがデカイぞ!』

「ちょっとっ! 旨そうなのは分かるけど買いすぎだってっ! マダラってば!」


 そうなんだ....最近また新たな問題が浮上してきたのだ。当初はルインマスの街に慣れようとマダラと一緒にメイン通りを歩き、友好的な印象を残すために露店の買い食いを行っていた。


 だが、友好的な買い食いから変化し、今ではスカウトマンみたいな噂が流れ始めていると、露店の店主から噂を聞いた。


 曰く、俺とマダラが買った露店の売上は伸びる。

 曰く、俺とマダラが買いに行った露店には幸運がやってくる。

 曰く、俺とマダラにスカウトされた露店はいつの間にか、街から姿を消している。


 おいっ! 最後は物騒だし、消えてねぇよ! ちゃんとマレルさんはアンリエッタさんの所で修行中だから! ちゃんと生きてるからね!


 そんな噂が露店主達の間で流れ、面白半分なのか本気なのかは分からないが、ここ最近は毎朝こんな感じだ。


 そして、見た目や匂いに釣れられてついつい買ってしまう。財布のヒモが緩みすぎる事態が今回の問題だ。

 現在はギルドの討伐依頼と採取依頼でしか収入がない。ギルドにある個人口座にはそれなりの額が入ってるはずだが、確認はしていない。それと、アンリエッタさんの倉庫依頼は金銭が発生しない依頼だから、収入はゼロだ。


 このままでは、金がなくなる一方だ。ギルドの依頼数を増やし収入を増やさなくては.....ギルドマスター、早く例の話をまとめてくださいよ!


 俺は露店で焼かれているカニをジッと見てるマダラを引き剥がしながら言う。

「マダラぁー! もういくぞ! アンリエッタ邸に着くのが遅くなるだろ! 今日は、ギルドで依頼を受けるんだからっ!」

『えぇーい! ワレのカニがっ! セイジロウ、尻尾を話さんかっ! カニがワレを求め、ワレもカニを求めておるんじゃ!』


「何、バカな事いってんだよっ! カニがマダラを求めるわけあるかっ! さっさと、アンリエッタさんと話をしないと......い・く・ぞっ!」


 何とか無事? に、アンリエッタ邸に着いて今は案内された部屋でアンリエッタさんと話をしている。

 ちなみに、マダラはメイドのメイリーンさんと一緒に屋敷の調理場に行き、試作料理を貰いにいってる。


「--と、こんな魔導具って知ってますか? もしくは、倉庫にあったりしますか?」

 俺は、ビールサーバーの説明をアンリエッタさんにした。


「そう言うのは無いですね。せいぜい魔冷箱ぐらいですよ。サイズは大小ありますけど、液体を瞬時に冷やす能力は無いです」


「そうですか......仮に制作するとしたら作れますか?」

 アンリエッタさんは腕を組み、顎下に握り拳をあてながら少し考え始めた。


「.......制作は可能だと思いますが.....セイジロウさんは、その液体を瞬時に冷やす仕組みのアイデアはあるのですよね? 話振りからするとそのように聞こえるのですが?」


 やっぱり分かりますよねー......いきなり、そんな話になれば何かしらの情報を持ってると疑うのは当然か...


「はい、私の出身国に似たような物がありまして....アーガニウム国で見かけなかったので....あれば良いなぁと思いまして」


「やっぱりっ!! それは魔導具なのですかっ!? 発明者は? どのような仕組みですかっ!」


 一気に食いついたぁー! やっぱり、未知の魔導具となれば興味がわくよな。普段は、普通の女性なのに根は魔導具師なんだなアンリエッタさんは....


「ちょっと落ち着きましょう、アンリエッタさん。説明はちゃんとしますから」

「あっ....ごめんなさい....では、セイジロウさん。お話を聞かせてくれますか?」


 アンリエッタさん、口調を戻してもソワソワしてるのが分かりますよ....クク、ちょっといじめたくなるけど、ここは我慢しないと...


「まず、それは魔導具ではありません。ただのカラクリで制作者は知りません。私が気づいた時にはすでに身近にあったので....ちなみにある程度の原理なら知っていますがそれだけです。制作が可能かどうかはアンリエッタさんが判断して下さい」


「....魔導具じゃない? 魔石や魔力回路を使わないのですか? 魔力も無しに液体を冷やせると......どんな仕組みですか? 分かる範囲で説明してください」


 俺は、ビールサーバーの仕組みを知ってる範囲で教えた。液体が入った樽をセットし、液体を吸い上げる最中に冷やした管を通り、冷えた液体が出てくる。本当に勿体ぶる知識じゃないんだけど、この世界からしたら斬新な発想になるんだろうな...


「--なるほど、予め冷やした管を通ることによって液体から熱をとり、さらに、冷やした管が液体を冷やすのですね。流動性があり氷難く、停滞していても凍らない冷気にすると....一番の肝は管の素材になりますね」


「ということは、制作は可能だと言うことですか?」


「はい、ただし管が問題です。液体を冷やすための距離が必要です。瞬時に、と言いますが、セイジロウさんの説明を聞くと管は螺旋状にして長い距離を必要としてます。さらに、熱の伝導率と耐久性と柔軟性を併せ持つ材質...素材になります」


「すいぶんな素材に聞こえますが、そんな素材あるんですか? 銅素材じゃダメなのですか?」

「セイジロウさんの出身国が、どのような技術で作ったのが分かれば作れますが...技術者もしくはセイジロウさんにその知識はありますか? あるとして、教えてもらえるのですか?」


 さすがにそれは無理だな....だって日本なんてこの世界に無いし、技術も知らないしっ!


「.....難しいと思います。私にも相応の秘密がありますから....」

 と、とりあえず誤魔化しておく。


「そうですね、国内の技術は秘匿するものですからね。なら、新しく作るしかありません。内容は比較的に難しくありません。魔石と魔力回路を合わせれば作れますが、先程話した素材がないと制作は難しいです」


 なら、素材が手に入れば良いわけだ! 話に聞いた限りじゃ、貴重な素材っぽいけど....

「その素材って高いのですか? それとも、手に入りにくいとか?」


「いえ、高くもないですしちゃんと手に入りますよ....ただ、人気の無い素材であまり取りに行く人がいなくて、しかも、魔物の素材なんです」


「生息場所が分かれば行きますよ! そしたら、アンリエッタさんが制作してくれるんですよね? それなら、私も力になれますしマダラも良い運動になると思いますからっ!」


 と、ついノリと勢いで安請け合いをしてしまった事を後悔するのはもう少し先の話だった。

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