第73話 サッちゃんの悪知恵

No73

サッちゃんの悪知恵





 アンリエッタ邸の裏庭でマダラを喚んで、依頼主のアンリエッタさんと執事のシバスさんにお披露目をした。が、マダラをみたアンリエッタさんが突然マダラに向かって駆け出した。


 咄嗟の事で止めに入れなかった。アンリエッタさんが駆け出した瞬間に最悪が頭の中に過った。


 もし、アンリエッタさんがマダラに敵意を感じて攻撃をすればマダラは迎撃するだろう。その時はアンリエッタさんは無事では済まないはずだ。


 攻撃を受けたマダラが防衛の為にアンリエッタさんを迎撃するのは分かるし、俺も理解する。だが、事は単純じゃない。ここは、アンリエッタ邸の裏庭で人の目が無い。


 俺達が正しく主張しても目撃者がいなく、信憑性は低い。仮に怪我が小さくてもアンリエッタさんの証言次第では真実は闇の中だ。仮に、アンリエッタさんとシバスさんを殺し、さらにメイドさんであるメイリーンさんを殺しても冒険者ギルドの受付嬢には来訪すると言ってしまっている。


 状況を考えれば犯人が俺だとバレるのは時間の問題だ。疑わしきは罰せずと言うが、この世界で通じるかは分かんないし、そんな甘い考えとも思えない。


 ならマダラの迎撃を止めさせるのが最善の選択なんだが、それは叶わなかった。アンリエッタさんとマダラの距離はあと一歩までに縮まっていたからだ。


「っ!!アンリ--」


ガシッ!!!!


「わぁーーっ! やわらかーいっ!! おおきーいよぉー!!! モフモフしてるぅー!!!?」


 えっ? 俺のあの高速思考はなんだったわけ? マジで必死に考えたんだよ.....冷や汗ダラダラだよ....どゆこと、シバスさん....


 俺はこの状況に混乱しつつも、マダラに思念で話かけた。

「えっ......と....『マダラ、とりあえず平気?』」

『うむ、別に平気じゃ。ちと、脚がムズムズするがな』


『そう...敵意は無いみたいだから良いけど....まぁ、寝転がってもいいから...一応、身の危険を感じたら影に入ってくれる? 迎撃は無しで』

『ふむ、わかった』


 さてと、どうやら悪い状況では無いらしいな....後は説明を受けたいが...


「シバスさん、この説明を受けたいのですが....」

 俺は、寝転がるマダラの足にしがみついてるアンリエッタさんに視線を送りながら、シバスさんに尋ねた。


「申し訳ありません、セイジロウ様。アンリエッタ様は可愛い物に目が無いのです。それは、物と者も含まれて個人的主観によって決められるのです」


 わぁ...面倒な....つまり自分が可愛いと思ったものは、人が嫌悪感を抱くものでも可愛くなると....


「で、マダラを見たアンリエッタさんが、マダラを可愛い認定してこうなってると?」

「はい。あの様子を見るとかなり気に入ったと思われます」


「いつもあんな感じで飛び付いたりするのですか?」

「人様の前でこの様になるのは極めて珍しいですね。わたしも見たのは2度、今回は、3度目になりますから」


「はぁ...出来れば自重を覚えさせた方が言いかと、今回は私の従魔が大人しくしてくれましたが、次がまたこうなるとはかぎりませんから。お願いします」


「寛大なお言葉痛み入ります。しかと、わたしからアンリエッタ様に伝えましょう」

「はい。それと....アンリエッタさんを剥がしてもらえますか? あの状態では話が出来ませんし」


 まったく、見た目と違い過ぎだろ....もっと清楚な感じのイメージがしたがそれは、イメージだけだったな。


 まぁ、見た目に騙されるのは良くある。美人で性格が悪い女とか、巨乳だと思ったら盛っていたり、紳士的かと思ったらオタクだったり、ポッチャリかと思ったら動けるポッチャリとか....


 シバスさんがマダラにしがみつくアンリエッタさんに何やら耳元で喋ると、アンリエッタさんはすぐにマダラから離れた。そして、すぐに俺の方に体を向けて謝罪の言葉を発した。


「ごめんなさいっ! セイジロウさん! 本当にごめんなさーいっ!」

 と、謝ってはいるが右手がマダラの毛を掴んでいた。


 おぃ...誠意があるのか無いのかハッキリしろよ.....


△▽△△▽▽△▽▽△


 その後、アンリエッタさんに事の説明を聞くために裏庭のテーブル席に案内され、メイリーンさんが用意してくれた紅茶と焼き菓子をいただきながらアンリエッタさんの話を聞いてる。


 ちなみに、マダラは俺の傍で寝転がりながら謝罪の意味を込めて大量の焼き菓子をガシガシと食べていた。....焼き菓子だけにガシガシと.....テヘ!



「--では、我慢したけどダメでマダラに抱きついたと?.....万が一があるんですから自重を学んで下さい。私からは今回に関しては目を瞑ります。が、今後は私の許可なくマダラに接触するのは止してもらいます」


「そっ! そんなっ! セイジロウさん、何とかなりませんかっ。確かにわたしが悪かったですけど.....マダラちゃんに触りたいですっ! 報酬も上げますからっ! セイジロウさんっ!!」


 いや、無理ですよ...アンリエッタさん。絶対にあなたは依頼の邪魔をしますから....


「アンリエッタさん。私は倉庫整理の依頼を受けに来たんですよ? その依頼にマダラも手伝ってもらいます。依頼中にマダラに構えば完了が遅くなり私もアンリエッタさんも困ります。互いに....いや、私にメリットが無いのですよ」


「なら、倉庫整理はしなくていいですっ!マダラちゃんと一緒に入れるならしなくていいですっ! 魔導具もあげましゅから!だがら、触らせてくださいっ!!(涙目)」


 はい? 何いってるの?....じゃ、報酬は? マダラを触らせれば魔導具が貰えちゃうわけ? マジで......


「アンリエッタ様、落ち着いて下さい。セイジロウ様も困ってます。セイジロウ様は冒険者ですから無償で報酬は受けとりませんよ。それに、倉庫整理は必要ですし他の冒険者達は受けて下さりませんでした。ここは、セイジロウ様の言葉を受けるべきですよ」


あー....さすがシバスさんだなぁ....釘刺されましたよー....魔導具が......


「それに倉庫はたくさんありますから、一日では終わりませんよ。休憩や昼食時間に触らせてもらえるように交渉してはどうですか?」


 本人を目の前にして交渉内容を言ったらダメでしょ.....それと、倉庫は一つじゃない? たくさんって?


「っ!!そうですねっ! なら、セイジロウさん、交渉を--」

「っ!?ちょっ、ちょっと待ってください! 倉庫ってたくさんあるのですか?....あれだけじゃなくて?」


 俺は指差してる倉庫らしい建物を示しながら問いかけた。


「はい! まだありますよ? 何だかんだと倉庫が増えまして....さすがに40年以上も片づけないのは不味いとシバスが言うもので」

「はっ? えっ.......と、ではお父さんお母さんの時代から片してないと?」


「いえ? わたしの代からですが? それに、父も母も存命ですよ?」

「えっ、でも屋敷の当主はアンリエッタさんですよね?」


「えぇ、わたしですよ。.....あぁ、この屋敷はわたしが建てたのですよ。魔導具師はわりと収入がいいので」

「でっ、では先ほどの40年とか何とかはなんでしょうか...」


「わたしが街に、ルインマスに来てからの年ですね。正確には....シバス何年かしら?」

「46年になります。わたしがアンリエッタ様に仕えてから46年経ちましたから」

「あれ? もうそんなにですか」


 見た目が若く、実年齢が高いとなれば

「もしかして、アンリエッタさんは長命種の血脈ですか?」

「そうです。話してませんでしたね。祖母がエルフィン種で母がハーフで、わたしがクォーターですね。小さい頃から出歩くのが好きで、成人になると同時に家を飛び出して来ちゃったんです」


 なんと....エルフィン種! この種だけは覚えていた!ってか、忘れるはずがない!! エルフィン種とは、異世界ファンタジー的に言うとエルフだからだっ!!


 だから何? とは、言わせんぞっ! エルフィン種は、成人まで肉体的な成長をするとそこからは表面的な成長がかなり緩やかになる。肉体のピーク時が長いのだ。その年数は約600年程と言われてるそうだ。


 そして、ピーク時が過ぎると少しずつ老化が始まり、そして寿命となる。女性なら誰でも.....は言い過ぎだが、大抵は喜ぶ。男性なら9割りは喜ぶはずだ。


 自分が年をとってもいつまでも若い奥さんや彼女だったら俺は嬉しい! まぁ、賛否はあるが俺はエルフィン種を受け入れるぞ!



「なるほど...とりあえずは理解しました。では、46年間の間に溜まりにたまった倉庫の荷物を私が整理するわけですか? しかも、1つではなく複数も?」

「はい、話が早くて助かります。では、マダラちゃんの交渉--」


「すいませんがっ!...どうやら依頼内容に瑕疵がありそうですね。この依頼は一端保留に--」

「いやぁーー!! 待って待って待ってぇー!! セイジロウさん、待って! 話を聞いて下さい! 確かに、倉庫の個数を書かなかったのはわたしが悪かったです。でもっ! そうしないと誰も受けてくれないんですよ....あれと同じような倉庫があと3つあるって言ったら?」


 アンリエッタさんの倉庫は遠目から見ても分かるが、前の世界の体育館並だ。ちなみに、俺が知る体育館はバスケットコートが2面は余裕で作れる広さだ。高さは10メートル以上はあっただろう。


 そんなに広さの倉庫が全部で4つあるそうだ。内部がどうなってるか知らないが、依頼内容を誤魔化し、さらに塩漬けになる依頼だ。かなり劣悪だな.....


「違約金を払ってでも断ります!」

「ほらぁー! そうなるでしょっ!! だからは、ギリギリ違反にならない範囲で倉庫とだけ書いたの。そうすれば、個数は書き忘れたとか、そっちの確認不足だったとかにできるでしょ?」


 かなり質が悪いなっ!! ほぼ、詐欺じゃねぇか? 誰だ、そんな教えたのはっ!!


「ちなみに、ですがその依頼書の作成をしたのは誰ですが?」

「サッちゃんですよっ! サーシャって言って今はギルドマスターしてます」


 かぁーー! 絶対にギルドマスターには近寄らねぇー! 絶対に腹黒で真っ黒だよ! もしかしたら、他にもこんな依頼があるじゃねぇだろうな.....



 断るの事は出来るが、逆に考えればチャンスかもしれない。その悪巧みを逆に利用するのも手か?

「はぁ....とりあえず、話を戻しましょう。では、あの倉庫並が3つあるんですね? 全部で4つの倉庫整理を?」


「はい、お願いしますっ! もちろん、報酬に関しては数を指定してないから、望む数を渡しますし、作成依頼額も半額ですよっ! これも、サッちゃんが教えてくれました」


 へぇ...なまじ悪質だけとは限らないわけか?....だが、種明かしをしなければ分からないレベルだな....つか、ギルドマスターって幾つだよ?


 アンリエッタさんの口振りからすると親しい仲なのは分かるが....名前からして女性なのは分かるし、頭がキレるのもわかる。塩漬け依頼から考えても数年から十数年は経つか?


 まぁ、すでにバ--っ!?....えっ? なんか背中な寒気が....しかも、なんかドス黒い感じもしたんだけど....気のせい?


「魅力的な話ですが--」

『セイジロウよ、その話を受けるのじゃ』

『はっ?...何を急に言ってるの? しかも寝転がながら話を聞いてた?』

 俺が話をしようとした時にマダラから急に思念で話しかけられた。


『ふむ、ワレもちと考えてもみたんじゃが、報酬の条件を変えるのじゃ。必要な時に必要な魔導具を必要なだけと、さらに、魔導具作成依頼は無料にするのじゃ。ただし、セイジロウに必要な魔導具作成の素材はワレが入手しよう。最後に、食事の提供じゃ。魚料理を所望する』


『......まともに聞いてりゃ、最後だけ台無しだよ。だが、悪くないな。俺も魚料理は食べたい。でも、あのサイズの倉庫があと3つだぞ?』


『先に、犬狼であの倉庫内部を見たが問題ないだろう。やり方次第でどうにでもなる。ワレの出した条件が飲めるなら、食事後の休憩なら触らせてやると伝えよ。あの女なら二つ返事じゃ』


 何とも....こっちにも腹黒がいたよ。まぁ、どっちかと言うとマダラの方が良心的か?


 俺は突然黙ってしまった理由を説明した。

「....いきなり黙ってしまい、申し訳ありません。じつは、マダラからの意思が私に伝わってきまして」

「えっ!! マダラと意思が繋がるんですかぁー?! いいなぁ、いいなぁー!!」

「アンリエッタ様、セイジロウ様のお話し中です。お静かに」

 子供の様に騒ぐアンリエッタさんを執事のシバスさんが止めてくれた。


「では、話を....これからこちらが出す条件を承諾してくれるなら、この依頼を受けましょう。さらに、一筆書いてもらいます。....話を聞きますか?」


 と、すぐに子供から大人モードに切り替えたアンリエッタさんが真面目な顔で答えた。

「はい、お聞きします」


 そして、アンリエッタさんとの交渉に入った。

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