第10話 聞こえてきたニュース


 ワシはどうしたんじゃろう。



 警察に届けることが正しいと分っているのに。

 心の奥底の込み上げるものが嫌だと言っている。



 この人ともっと一緒に居たいと。




 そう茂が思っていた時、眠っている頼子がギュッと茂の手を掴み、いい夢でも見ているかのようにかすかにほほ笑んだ。



 茂はその温かさ、手の温もりは、しばらく感じていないもの忘れてきた感覚であった。




「それとなくじゃないと駄目だよ。認知の人は自覚してしまうと、どんどん症状が進んでいってしまうんだ。警察に連れて行くのもさりげなくっていってもさりげなくなんて無理だよな」


 

 茂の心境の変化にも気づかず友那はしゃべり続けた。



「ええと友那ちゃんだっけ?詳しいんだね」



 茂も友那の言葉に意識をはっきりさせ、心で考えていることは気づかせないように答えた。



「ああ、今は違うけど介護士だったんだ。ちょっと前まで自分のばあちゃんの介護もしてたし」


 友那の話す表情はちょっと悲しく、そして優しかった。



「そうなんじゃね、じゃから優しいんじゃね、ワシの孫に爪の赤を煎じて飲まさなあかんな」


 優しく笑う友那が消えてしまいそうに儚い、それを打ち消すかの様に、ちゃかすように茂は笑った。



「お孫さん居るんだね?本当の奥さんは?」


 孫がいるなら奥さん子供もいるはずだと思った友那は見た目からの年齢を考えて遠慮がちに質問した。



 そうして友那はさっきの悲しそうな笑顔から表情を変え唇を一瞬閉じ内側には入らせないと線を引かれたようなクールな笑顔で笑った。




「ああ、十年も前に先立たれてしまったよ。肺炎でな、あっという間に行ってしもた。気丈な妻だったからな、ワシに迷惑もかけずにいっちまったよ」

 


 茂は下を向き小さな声でつぶやいた。

 声は強がるように明るめの声を出していた。

 



 都と一緒に暮らしていた時は過去の事など思い出さず、その時を一生懸命生きていたというのに十年でわしはもう他の女性にときめいている。

 


 男とは困った生き物よの。

 男と一括りにしてはいかんか。





 この十年の孤独が茂には辛すぎたと茂は妻の都が亡くなってからの十年間を思い出し、自分の手を掴む頼子の手をぎゅっと握りなおした。



「そっか、ごめんよ。辛いこと思い出させて」


 友那の声に茂は我に返った。


「そちらの介護していたというおばあさんは?」


 気を取り直した茂は友那の話に戻した。


「一ヵ月前に死んじゃった」


 友那は目を合わせず窓の方を見ていた。

 窓の向こうに映る友那の目頭には涙が溜まっているようだった。



「ワシも余計なこと聞いちまった」



 その表情を窓越しに見てしまった茂は他に話を変えようとおろおろするも話が見つからなかった。



「お互い様。これからどうする?」


 涙を拭いた友那が笑顔で振り返る。



「とりあえずここで降りるか」


 安心した茂は決心したようにそう告げる。



「行き先があったんだろう?良かったのかい?」


 不思議そうに友那が訪ねた。



「わしのは何時でもいいんじゃ」

 そう茂は言い頼子をゆすりながら



「おい、着いたぞ」

 友那に言われた通り茂は将である演技を続けた。



「あっ将さん、早かったですね」


 警察に向かって歩き出した三人は電気屋のショーウィンドウの前を横ぎった時、聞こえてきたニュースが耳に入った。



 ある介護施設から一人の女性高齢者が居なくなったという報道で頼子の写真が電気屋内の大きなテレビに映っていた。



 頼子は幸い気づいていない。

 友那と茂は目を合わせた。

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