幽TUBE!

おちょぼ

第1話

 幽TUBE。

 それは幽霊の幽霊による幽霊のための動画投稿サイト。

 日々刺激的でエキサイティングな動画が投稿され、暇を持て余した幽霊達の注目を集めている。また、幽TUBEに動画を投稿する幽霊のことは幽チューバーと呼ばれ、幽霊達の間でなりたい職業ナンバーワンの座を欲しいままにしている。

 そして、ここ――とある廃校にも幽チューバーを志す若者が一人。


『や、やった。ついに、ついに念願のカメラを手に入れたぞ!』


 彼の名前はヨシキ。

 彼は先程肝試しに来た連中が落としていったビデオカメラを前に、興奮に打ち震えていた。


 幽チューバーになるためには撮影機材としてビデオカメラが必須だが、それはどんな幽霊でも手軽に手に入れられるような物ではない。普通の幽霊にはカメラを持ち上げられる程の力が無いからだ。ヨシキのような普通の幽霊にできるのは、せいぜい紙をばらまいたりイスをちょっと動かしたりといったイタズラ程度。

 よって幽チューバーになれるのはそれなりに力のある幽霊か、もしくは偶然と幸運によってカメラを手に入れられた者だけ。

 ヨシキも有名幽チューバーの動画を見ながら、いつかは自分もと夢を思い描いたものだ。


『だが、それも今日までだ』


 ヨシキの目に生き生きとした光が宿る。

 ヨシキは握り拳を作ると天高く突き上げた。


『俺はこれからスターダムを駆け上がる。そしてゆくゆくはトップ幽チューバーになるのだ!』


 ヨシキの気合いに応じて霊気がもれだす。

 不気味な声で鳴く鳥が木々を揺らして飛び立った。


『とりあえずカメラを動かすか。こんな所に落ちたまんまじゃ落とし主が拾いに来るかもしれんし』


 ヨシキは手をカメラの方に向けて霊気を放ち、カメラを捕らえた。

 幽霊は基本的に現世のものに干渉することができない。

 だがこの霊気を使うことでちょっとした物を動かしたり電子機器を動かしたりといったことができるようになるのだ。いわば万能エネルギーともいえる謎パワーだが一日に使える量には限りがあるためご利用は計画的に。


『さてこのカメラどこ置くか。人間に見つかりにくい場所で、なおかつ撮影しやすい場所か。いやカメラは霊気で隠せるか?なら撮影しやすさを重視して……』


 ヨシキが考えごとをしながらカメラの置き場所を探し歩いていた時だった。ヨシキは手の先の霊気の中にカメラが無いことに気づいた。


『あれ!? カメラは!?』


 慌てて周囲を見渡したヨシキは元の位置から微塵も動いていないカメラを見つけた。


『……もしかして』


 ヨシキはもう一度霊気を放ちカメラを動かそうとした。しかしカメラは微動だにしなかった。


『おいおいちょっと待て。それってまずくないか』


 ヨシキは出ないはずの冷や汗を感じた。

 もしこのままカメラが動かせなかったら、せっかく開けたと思ったトップ幽チューバーへの道が閉ざされてしまう。


『ぉぉぉおおおそれだけは勘弁んんんんっっっ!』


 ヨシキは渾身の霊気を振り絞った。

 するとカメラがズズッと少しだけ動く。

 繊細な機械を引き摺るような真似はしたくなかったが贅沢は言ってられない。


『はあ、はあ。これが、限界か』


 ヨシキはやっとのこと部屋の端にカメラを寄せるとため息をはいた。肉体が無いから疲れることはないが気分の問題だ。


『あとはこれにカモフラージュで……枯葉でもかけときゃいいだろ』


 ヨシキは外から持ってきた枯葉でカメラを隠した。

 お粗末に過ぎるが今はこれで良しとするしかない。


『はあ。始めからこれじゃ先が思いやられるなあ』


 リアル箸より重い物を持てない系幽霊としては辛いものがある。

 ヨシキはこれからのことを考えてため息を吐いた。


 ○



 幽TUBEで最もメジャーな動画のジャンル。

 それはなんと言っても『肝試しに来た人間を脅かしてみた』系。通称『脅かしてみた』と呼ばれる動画だ。

 この動画の良さはなんと言っても撮りやすさだ

 獲物が向こうから来てくれる上に、通る場所も予想しやすいからカメラを動かすのに時間のかかる力の弱い幽霊でも撮り逃すことが少ない。

 そんなわけで『脅かしてみた』動画は幽TUBE内の動画の半数以上を占めている。


『ま、ありきたりだがベティの初陣には十分だろう』


 ヨシキはベティと名付けた相棒のビデオカメラを撫でた。

 幽霊だから勿論撫でられてなどいないが、こういうのは気分の問題なのだ。このカメラとは長い付き合いになる予定なのだから大事にしなければ。


『さてベティ。俺たちはツいているぞ』


 ヨシキは廃校の窓から外を見下ろした。

 きゃいきゃいと騒ぎながらこちらに向かう四人の男女。

 年は若い、というか幼い。

 おそらくまだ小学生だろう。小六ほどの男子二人に女子二人だ。

 男子二人が前に立ちテンション高く大きな声で騒いでいる。おそらく後ろにいる女子達にいい顔をしたいんだろうが、脅かしのプロたるヨシキからすれば内心びびっているのはバレバレだった。


『くっくっく、人生なめ腐ったガキどもが。奴らに人生の厳しさというものを教えてやろうぜ。なあベティ』

「……」


 ベティは沈黙をつらぬいている。カメラだから当たり前だが。


『ふっ。俺はお前のそんなクールなトコロ大好きだぜ』

「……」


 ヨシキはベティにウインクをした。

 傍から見ればやばい奴だが一般人からは見えないので問題はない。


『ん?』


 と思ったが何やら視線を感じる。

 ヨシキが視線を感じた方に振り向くと、男子達の後ろを歩く女子の一人と目があった。髪が長く、まるで人形のような可愛らしさと妖しさを併せ持っていた。


『……なんだ?』


 ヨシキは幽霊なのだから一般人から見えるはずがない。なにか自分の後ろに気になる物でもあるのかと思い振り返ってみたが何も無かった。

 首を傾げながらもう一度少女の方を見てみると既に少女はヨシキの方を見ておらず、もう一人の短髪の女子と楽しげに談笑していた。


『気のせいか』


 ヨシキは気を取り直すと良い画が撮れるように準備を始めた。


 ○


 ヨシキが思うに『脅かしてみた』動画の面白さは生者の無様さにあると思うのだ。

 幽霊という存在を軽んじ、安全なスリルを楽しもうと人の住処を荒らしに来たリア充どもが、手痛いしっぺ返しをくらい慌てふためく。

 その痛快さや滑稽さが今の幽霊達に受けているのだ。


『だから人の住処を荒らすだけに飽き足らず、合コンやらデートやらの場にするような奴らはどんな目にあっても文句言えないよなあ!?』


 言っておくがヨシキにはリア充に対する嫉みや嫉みの感情はない。ただ吊り橋効果とかいう概念を生み出した奴は地獄に落ちろと思っているだけである。


『さて準備は終わったし、あの少年少女達の様子でも見に行くとするか』


 彼らの態度や様子によっては少しお手柔らかにしてやってもいいかもしれない。記念すべき一回目の動画でやり過ぎてもチャンネル全体の評判が悪くなる可能性もある。

 ヨシキはカメラの仕掛けてある二階から一階に移動した。

 見れば少年少女達は今まさに廃校に侵入しようとドアを開けた所だった。

 ギィ、と木製の扉が軋んだ音を立てて侵入者達を警告する。彼らの進む先は一寸先も見えない闇。彼らの持つ懐中電灯の光だけが頼りなさげに揺れていた。虫の音すら聞こえない、静寂の世界に呑まれるようだった。


「ねえ、やっぱりやめない?ユミ、ちょっと怖い」


 短髪の女子が震えた声で言った。

 その手は不安げに長髪の女子の服を掴んでいる。

 その態度にヨシキは満足気に頷いた。


(うんうん。そういう態度ならいいんだ。かといっても帰られるのは困るけど、どんなボロ屋でも幽霊が住んでるかもしれないんだからな。ちゃんと家主の幽霊に敬意を持ってだな……)

「大丈夫だって!! もしオバケが出たりしてもユミちゃんのことは俺が守るから!!」

「むしろオバケなんかとっ捕まえてブヒのおやつにしてやるブヒ」

「わあ、じゃあ頼りにしてるからね。森田くんに豚山くん」

『……』


 ユミちゃんと呼ばれた女の子が笑うと男子連中は満更でもなさそうな表情をした。


(そうか、やはり貴様らも我が家を合コン会場だと勘違いしているクチか)


 ヨシキは残念そうにため息を吐き俯いた。


(ならば俺は修羅になろう)


 次にヨシキが顔を上げた時、その顔は鬼のような形相になっていた。


(もはや慈悲などいらぬ。貴様らの恋路。打ち砕させてもらうぞ。森田、豚山。合わせてモブ男子)


 ヨシキが黒い決意を固めていた時だった。

 パシャリ

 唐突に撮影音とともにフラッシュがたかれた。


「アレ? どうしたのヒカリちゃん。突然写真なんて撮って」

「どうしたも何も心霊スポットで写真を撮るのは醍醐味でしょう? みんなも撮ってみたら? 何か写るかもよ」


 そう言うとヒカリと呼ばれた長髪の少女は辺りを手当たり次第に撮り出した。

 それを見たモブ男子も面白そうだと写真を撮りだす。

 その様子をヨシキは物陰に隠れて見ていた。


(さっきのヒカリとかいう子が最初に撮った写真。確実に俺の方に向けられていた)


 もっとも偶然かもしれない。だが偶然でも困るのだ。

 ヨシキは幽霊だから、普通の人はヨシキを見ることはできない。だがなぜか写真には写ってしまうことがあるのだ。それは撮影者の霊感の強さに比例する。あのヒカリとかいう少女の霊感の強さによっては鬼の形相で彼らを睨んでいたのが写真に写ってしまう。

 そんな写真を見られたらベティの置いてある二階まで来ること無く彼らが帰ってしまう。


(頼む……! 写っていませんように)


 ヨシキは祈るような気持ちで彼らを見た。


「うーん。特に何も写ってないな」

「ブヒの写真にも特においしそうな物は写らなかったブヒ」

「ふーん。ヒカリちゃんの写真は?」

「………………ダメね。何も写っていないわ」

「なーんだ。つまんないの」


 何か写っていれば怖いが、何も写らないというのもつまらない。

 ユミは期待外れという感じにため息を吐いた。

 それと同時にヨシキもため息を吐いていた。こちらは安堵から来るものだ。


(よかった~~。写ってなかった。心臓が縮み上がったぜ。心臓無いけど)


 だがこれでわかった事がある。

 あの至近距離、あの角度で写真を撮りヨシキが写らなかったということは、ヒカリは霊感を持っていない。やはり先程ヨシキと目が合った気がしたのは気のせいだったのだ。


(ふう、まったくビビらせやがって。……ん?)


 落ち着くと彼らの様子もしっかり観察できた。

 そして彼らの持つ物に気づいた。

 もっと言えば、今まで彼らが何で写真を撮っていたかということに。


(おいおい。ありゃあ【スマホ】じゃねえか)


 スマホ。

 それは幽TUBE界で神器のごとく崇められるアイテム

 それ一台あれば動画の撮影、編集、投稿、その他もろもろができてしまう。まさに神のようなアイテムなのである。

 しかも力の弱い幽霊であっても何とか持ち運べるぐらいに軽い。

 全ての幽チューバーが欲しがるのも頷ける話である。


(それはお前らガキどもが持つには過ぎた代物だぜ。安心しな。幽霊のお兄さんが有効活用してやるからよ)


 ヨシキは獲物を見る目で彼らのスマホを見た。


(狙い目は……モブ男子か)


 森田はスマホをズボンのポケットに入れたが、ポケットが小さいせいかスマホがはみ出していた。豚山はズボンの後ろポケットに入れている。上手いことやれば気づかれずに抜き取れそうだ。


(ヒカリは……無理そうだな)


 ヒカリは腰につけた小物入れにスマホをしまった。あれでは盗るのは難しい。


(まあいい。二つもあれば十分だ。ククク、楽しくなってきたぜ)


 ヨシキは黒い笑みをこぼしながら二階へと昇っていった。


 ○


 ギシ、ギシと軋んだ音を立てながら少年少女が階段を上ってくる。ゆらゆらと彼らの持つ懐中電灯の光が揺れている。


(来たか)


 ヨシキは階段の昇り口に潜んでいた。

 ベティも霊気で隠して同じ位置に仕掛けてある。

 この廃校の二階は直線上の廊下の片側に、教室が三つ並んでいる構造になっている。その反対側には所々割れた窓があり、外につながっていた。

 廊下自体それほど長くないので、階段の登り口にカメラを仕掛けておけば廊下で起きたことは全て記録できるという寸法だ。


 (既に準備は整った。さあ来い愚か者ども。我が再生数の糧としてくれる)


 ヨシキのプランはこうだ。

 まず手前の教室二つの扉に内側から鍵をかけて、あらかじめ開かないようにしておく。その状態で彼らを脅かし奥の教室に追い込む。その教室で落ち着かせ、油断したところを脅かし、どさくさに紛れてモブ男子二人のスマホを盗む。


(クックック。撮れ高とスマホを両立し、さらにモブ男子二人の情けない姿でメシもウマい。我ながら完璧な計画だ)


 とうとう一行がやって来た。

 懐中電灯の光が廃校の闇を貫く。


「うーん。やっぱ何もないな。やっぱ廃校っつっても暗いだけだな」

「ネズミ一匹いないブヒ」

「ユミとしてはそれで良いんだけど。ん? ヒカリちゃん。なんか見つけた?」

「いえ、なにも」


 暗さにも慣れてきたのか、最初より緩い雰囲気で二階に上がってくる。良い感じに油断しているようだ。


(いくぜ、まずは)


 ヨシキは四人がカメラの撮影圏内に入ったことを確認すると入れ替わるように下に降りた。


(最初はビビらせて奥の教室に追い込む)


 ヨシキは霊気で古びた人体模型に憑依した。

 しょせん弱小幽霊であるヨシキでは、歩くことすらままならない。


(だがそれで十分だ)


 ヨシキは意図的にバランスを崩して倒れた。

 廃校に静寂を裂くような音が響く。

 二階から聞こえていた話し声も止んだ。


(あとは、このまま、這って、階段に)


 階段を上りきる必要はない。

 むしろあえて階段の途中に置いていく。

 こうすればまるで彼らを追って人体模型が階段を這い上がってきたように見えるだろう。


「いったい何が……ぎゃーー!!!」


 モブ男子の片割れ森田が確認をしに階段を降りてきて、階段を這う人体模型と目が合う。

 さっきまで無かった物があるというのはわかりやすい恐怖だろう。たまらず彼は脇目もふらず逃げ出した。


「ちょ、森田くん!?」


 ドタドタという音が奥に進む。

 彼を追って他の三人も奥に行ったようだ。


(ふっ、チョロい、チョロいぞガキども。全て俺の思いどおり。やば、もしかして俺って才能ある?)


 ヨシキは上機嫌で二階に向かった。

 初回からこんなに調子よく進むと気分がいい。


(さて、ガキどもはちゃんと奥の教室に入ったかなと)


 二階に上がると彼らの姿はなかった。

 窓から逃げた形跡も無い。上手く誘導できたようだ。

 奥の教室を覗き込むと森田が青い顔をしながら仲間に見た物を伝えている。


「嘘じゃねーって! マジでヤベー奴が階段を上ってきてたんだよ」

「ブヒィ……」

「ちょっと、ほんとにやめてよ。ユミ、怖い」


 中はちょっとしたパニックだ。

 森田は恐ろしいモノを見た恐怖と仲間に信じてもらえないもどかしさで興奮している。それが豚山やユミにも伝染し、少しずつ彼ら全員が冷静さを失い始めていた。


(クックック、いい兆候だ。もう一押しで決壊するぞ)


 惜しむらくは廊下からの撮影ではこのパニックの様子が撮影できていないということだ。非常に面白い絵面が撮れそうなだけにもったいない。まあそれは次回に持ち越すとして。


(それより気になるのはアイツだな)


 ヨシキはヒカリを見た。

 この状況にあって彼女だけが妙に冷静だ。

 彼女は慌てふためく三人を尻目に、そこらにあった机に座ると、腰のポーチから何やら機械を取り出して弄りだした。


(マイペースすぎるだろ)


 天然なのか鈍いのか。

 どちらにしろ彼女のようなタイプはヨシキにとって喜ばしく無い。

 ヨシキの作戦は全員の恐怖を煽り、集団ヒステリーのような状況に陥らせるというものだ。

 彼女のように一人だけ冷静な者がいると今度は彼女につられて全員が落ち着きを取り戻しかねない。


(しかたない。もうちょっとパニックになるのを待ちたかったけど、予定を早めよう)


 ヨシキは姿を一般人に見えるようにすると、霊気によって見た目を変えた。

 顔はおどろおどろしく、そして恨めしそうな表情に。

 腕や足、首の長さも変える。人間としてあり得ないアンバランスなデザインへと。それだけであっという間に化け物の完成だ。

 ぺたり、ぺたり。

 あえて足音を立てて歩む。恨めしそうなうめき声を上げることで彼らに自身の接近を気づかせることも忘れない。

 案の上奥の教室から聞こえていた話し声がピタリと止んだ。おそらくただならないナニカの接近に気づき息を潜めているのだろう。


(まったく可愛いなあ。なにもかも思い通りに動いてくれて)


 ヨシキは内心ほくそ笑みながら歩む。そのまま奥の教室の横を通り過ぎる。通り過ぎるついでに彼らの様子を窺うと教卓の裏に気配がした。それには気づかないふりをし、突き当たりまで進みそのまま来た道を引き返し階段を降りた。

(これでこの廃校に『やばいナニカ』が潜んでいるのは全員の共通認識になった。クックック。あいつらの様子が目に浮かぶぜ)

 ヨシキは再び姿を隠すと急いで二階に戻り、様子を見た。


 ○


「……行ったかな」


 謎の足音が過ぎ去ってしばらくして、森田はぽつりと言った。


「い、今の何なの? ここ何がいるの?」


 ユミも事の重要性を理解したのか顔を青くしている。


「じゃあ見てみる? いまそこを何が通ったのか」

「え?」


 ヒカリは教卓の裏から出ると、離れたところに置いてあった何かを持って戻ってきた。


「ヒカリちゃん、それ何ブヒ? 食べ物?」

「残念ながら食べ物じゃないわ。見てのとおりビデオカメラよ」

「へえー。ヒカリちゃんいつの間にそんなものを。用意がいいんだな」

「まあね」


 ヒカリはビデオカメラを操作すると先程撮影していた動画を再生した。



 ぺたり、ぺたりと貼り付くような足音。この世のものとは思えないうめき声が響く。

 その音はだんだんと近づき、ついに音の主が姿を表した。


「ひっ」


 ユミが悲鳴を上げそうになる。

 それは森田や豚山も同じだった。

 ひょろひょろと異様に長い手足。首もまた異様なまでに長く、顔は窓より上に出ていてうかがい知ることはできない。


「……何なのこれ」


 ユミが震える声で呟いた。

 明らかに人間ではなく、また友好的な存在とも思えなかった。


「あんまり関わりあいになりたくない奴だな」

「ブヒもさすがにこれは食べれそうにないブヒ」


 森田も豚山も真剣な顔をしている。

 もはやこの廃校には一秒たりともいたくない。

 それが全員の共通認識だった。

 ぺたり、ぺたり。

 動画の中のその足音はだんだんと遠ざかり、そして階下に降りていった。

 そこで動画は終了する。


「どうする皆? あの足音下に行ったけどどうやって脱出する?」

「窓から飛び降りるとか?」

「うーん、それは俺も考えたんだけど、この高さだと俺やヒカリちゃんがちょっと危ないからできればそれは避けたいな」


 森田は難色を示した。

 器用なユミや見た目のわりに身体能力の高い豚山なら普通に降りられそうだが、運動の得意でない森田やヒカリには厳しいものがある。


 「ぶひ、皆で食べ……倒すとかどうブヒ。四人の力を合わせれば、あんなのどうってことないブヒ」

「いや、それは危険過ぎる。それだけはダメだ」


 そもそも戦力として数えられるのは豚山くらいなのである。

 ユミは器用だが非力だし、森田やヒカリなどはもってのほかだ。


「あんまり考えてる暇もないみたいよ」

「え?」


 突然ヒカリが注意を促す。

 森田がその意味を聞こうとしたときだった。

 ガタガタと廊下側の窓が揺れ出した。


「な、なんだ? 風か? ……いや、違う」


 森田は窓のそとに目をやり、外の木々がまったく揺れていないことに気がつく。

 何か、良くないことが起ころうとしていることは明白だった。

 森田が冷や汗を流した、そのときだった。

 バン!

 後ろ、つまり外に繋がる窓に何かを叩きつける音が聞こえた。

 それと同時に背後から冷たい気配を感じる。

 後ろを見てはいけない。

 それはわかっていても、振り返りたいという衝動を抑えることはできなかった。


「ひっ、ぎゃーー!!!」


 そして彼は見てしまう。

 自分たちを怨念に満ちた形相で睨みつける一匹の怪物の姿を。


(完璧だ。完璧すぎるぞこの流れ。後はこの混乱に乗じてスマホを抜き出せばミッションコンプリートだ。クックック、勝ち確BGMが聞こえるようだぜ。)


 半狂乱になって扉を開けて出ようとする森田を見ながらヨシキはほくそ笑んだ。

 だがその扉は開かない。ヨシキが霊気を使って扉が開かないようにしているのだ。


(他の奴らの様子は……まあ概ね予想通りか)


 ユミは腰が抜けてへたり込んでいる。

 豚山は立ったまま気絶している。器用なものだ。

 ヒカリは……呑気にもビデオカメラで撮影している。


(ったく、ああいうの見ると調子狂うよな。……ん?)


 ヒカリは無視して計画を進めようとしたヨシキだったが、何か違和感がする。


(なんだ? 俺は何を気にしているんだ?)


 ヨシキの中で猛烈な胸騒ぎがする。

 見逃してはいけない何かを見逃している。そんな気がする。

 もう一度彼らの様子を見る。

 半狂乱で扉を開けようとする森田。

 失神している豚山。

 腰を抜かしているユミ。

 ビデオカメラをまわしているヒカリ。


(ビデオカメラ?)


 ヒカリが持っているビデオカメラをよく見てみる。

 ヨシキの愛ビデオカメラであるベティとよく似ている。

 いや、よく似ているというより……


『べ、ベティィィ! お前、どうしてそこに!』

「ひいっ。あ、開いた! おい皆、早く逃げるぞ」

『しまった!』


 驚き集中を乱したせいで扉にかけていた霊気がとけてしまう。まだスマホを抜き出せていないが最早そんなものはどうでもよかった。


『ベティを返せぇ』


 ヨシキは必死の形相で叫んだ。

 霊気で隠していたはずのベティをどうしてヒカリが持っているのかはわからない。

 だがこのままではベティが誘拐されてしまう。

 それだけは防がなければならない。

 ヨシキは窓を開けて中に入ろうとした。

 しかし内側から鍵がかけられているせいで開かない。

 窓を叩くために霊気を使って実体化していたのが仇となった。


「くそっ、あの化け物入ってこようとしてやがる。おい豚山いつまで寝てやがる。ハンバーガーくれてやるから起きろ!」

「ぶ、ブヒ! ハンバーガー。食べる」

「ああ家帰ったらな! とりあえずお前はユミちゃんを背負って逃げろ! ヒカリちゃんもいつまで動画撮ってんの! 早く行くよ!」

「ええ」


 ヨシキがもたもたしている間に四人は教室から逃げ出してしまった。


『待てぇ。ベティを返せぇ』


 ヨシキも何とか中に入り彼らを追う。 

 ここで逃がすわけにはいかない。


「くそっ、ベティって誰だよ」


 走りつつ森田は毒づいた。

 彼にはベティなどという人物に心当たりが無く、人違いで追われているなら最悪だった。

 そのとき隣を走りながら相変わらずビデオカメラをまわしているヒカリが思案気に言った。


「もしかしてこのカメラのことかしら。あの幽霊からの強い念をこのカメラに感じるのよね」

「念!? ちょっとヒカリちゃん。それどういう事!?」

「実はこのカメラここで拾ったものなのよね。まずかったかしら」

「まずいに決まってるよ! ちょっとそれ貸して!」


 森田はヒカリからカメラを受け取ると窓を開け、ソレを全力で外に向けて投げた。


『おい何してんだゴルァァァアアァッ!!』


 たまらずヨシキはそれを追って外に飛び出す。

 くるくると回転しながら放物線を描くベティ。

 あんな勢いで地面に叩きつけられたら間違いなく壊れる。


『くっベティ……!』


 ヨシキの脳裏に今までベティと過ごした日々が走馬燈のように蘇る。もっとも出会って一週間も経っていないので碌な思い出などなかったが。それでもヨシキはその身に力が漲るのを感じた。


『うおおお!』


 そして間一髪ベティをキャッチすることに成功した。


『よかった。ベティが生きてる。もうダメかと思ったよ。ほんとに』 


 ヨシキはベティがどこも壊れていないのを確認するとほっとため息を吐いた。

 おそらくもうあの少年少女達は逃げてしまっただろう。

 だが今はベティが無事だったことだけを喜びたかった。

 こうしてヨシキの初めての幽チューバー活動は失敗に終わったのだった。


 ○


 後日。

 ヒカリが撮影していた動画を編集して幽TUBEに投稿した結果、「今までに無い視点からの動画で新鮮」ということでかなりの反響があった。


『いや、まあ、人気が出たならいいんだけどさ……』


 ヨシキは複雑な気分で動画の再生数を眺めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幽TUBE! おちょぼ @otyobo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ