How two 恋愛宣言

幸永 芽愛

第1話 温かな春の陽気と共に

 入学式の準備が忙しくて帰る時間が日を重ねる毎に遅くなる今日この頃。先生らしく真面目に真摯に向き合えって方針はどこの学校も同じだろけど、俺には少し難しい。ずっと完璧を演じ続けるのは先生としては良いのかも知れないけど、一人の人間として見ると気味が悪い。

 俺、青原 海斗(あおはら かいと)は二十一歳で教師になったものの、先生には向いてないなってつくづく実感した。いや、そもそも先生を目指してた訳じゃないから分かり切ってた事だけど。そんな俺でもぼんやり仕事をしていれば一年が経っていた。毎朝スーツに着替えて朝の身支度を終えて家を出る。それの繰り返しだ。

 窓の外は夕日が沈んで徐々に暗くなる時間。そんな時間でもまだ帰ろうとしない奴が桜の木の下に居る。いつもの事だから敢えて注意はしないし、注意なら家でも出来る。あいつは俺の弟だし。世話の焼ける弟を持つと苦労するぜ全く。

 そろそろ職員室に戻らないとサボってることに気付かれてしまいそうだ。説教で帰る時間が遅くなるのは絶対にごめんだ。その分の給料がもったいない。


「海(かい)くん! また文芸部の部室でサボってる!」


「ゆーちゃん……サボってる訳じゃないんだ。顧問として帰ってない生徒が居ないか確認しに来たんだ」


 ゆーちゃんって言うのは天野 結愛(あまの ゆあ)。俺の幼馴染で俺が教師を目指すきっかけになった人。身長は百六十センチもないくらいの小柄と綺麗な茶髪が特徴的で小動物みたいな人だ。何かある毎に説教してくるようなお人好しだけど、誰に対しても真面目で真っ直ぐで全力な人だ。そう言うところに俺は――

 確か次の一年生の担任を任せれていたような気がする。そう言うのもあって余計に緊張してるんだろう。緊張してる時のゆーちゃんは少し早口になるし。


「早く職員室に戻るよ! 仕事が終わらないと一緒に帰れないじゃん!」


 小さい頃からそうだったけど、やっぱりゆーちゃんは優しいな。俺なんかよりもずっと仕事が多いはずなのに俺のこと気に掛けてくれるし、一緒に帰ろうと待っててくれる。俺は教師になったことを後悔した日は一度も無い。やってて良かったと思える事しかない。


「うん。ありがと」


「ぁ……」


 無意識に頭を撫でただけなのに、そんな顔を真っ赤にして恥ずかしがられるとこっちまで恥ずかしくなる。意識してやったことでも無いのに恥ずかしがってる顔を見るだけで心臓の音が煩くなる。次から気を付けよう。


「明日で入学式だね」


「そうだな。明日でゆーちゃんもクラスを持つ先生だもんな」


「緊張してきた……」


 仕事を終わらせて歩く帰り道。今日はいつもよりも満月が明るく見える。きっと、今日の月は綺麗だなって呟いたらゆーちゃんは意識してしまうだろうから心の中だけにしておく。

 春の温かな風は夜になると少し冷える。冷たい風が運んでくる桜吹雪と満月が何とも言えない美しさを演出していた。


「今日、うちに来いよ」


「え? なんで?」


「担任になった祝いだよ。夏海も喜ぶだろうし」


「そうだね、夏くんとは最近会って無いような気もするし」


 夏くんは俺の弟の青原 夏海(あおはら なつみ)のことで、明日で高校二年生になる。俺が顧問をしている文芸部の部長だ。俺と違って髪色がゆーちゃんに似ているのが少し気に食わない。俺は昔から黒髪のままだから、ゆーちゃんと一緒にしたいって思ってたけど、教師が髪の毛を染めるのは問題だ。


「ただいま」


「お邪魔します!」


「おかえり。結愛姉も来てたんだ」


「うん! お邪魔します!」


 昔はこうして三人集まってよく遊んでたのに、いつしか大人になっていて遊ばなくなった。遊ばないだけであって三人で集まることは今でもあるけど。放課後になると文芸部の部室に約束した訳でもないのに、偶然にも揃ってしまう。夏海は部活だし、俺は顧問だし、ゆーちゃんは恋愛小説を読みに来てるし。まぁ、顧問って言っても何もしてないんだけどな。どうせ明日も新入部員なんてくるはずないし。なんて思ってたのに、


「あれ? 新入部員? おかしいな……ここには新入部員なんてくる訳ないんだけどなぁ」


 普段は友だちとしか話そうとしない夏海が連れて来た女の子、立花 桜(たちばな さくら)。夏海に連れて来られた以上、色んなことに巻き込まれるだろうけど何とか耐えてやって欲しい。見た目的には大人しい子だから夏海も無茶はさせないだろうし。


「立花さん? ここの部活に……あ」


「天野先生?」


 俺の方を見て固まってしまっている。これは照れとか恥ずかしいから固まっているのではなく、立花さんをここの部活に紹介してしまうと私がここに来てるのが変だって思われるだろうし、最悪出禁になるかも知れない。とか考えているはずだ。

 実際、俺と目を合わせようともしないし必死に何か言い訳を考えてるに違いない。別にそんなことしなくても来たかったら自由に来てくれて良いのに。小説が好きって理由だけで充分だし。

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