第5話 結び、繋がり

「先輩も飽きませんよね」


「そう言う立花さんもね」


 学校へと登校すると一番に桜の木の下に向かうようにしている。桜も少し散っていて、何となく寂しい感じがする。それでも先輩はいつもみたいに木を見上げて考え事をしている。この桜に何か答えがあるのかは分からないけど、先輩が本当の色を見つけるまで支えてあげたいって思うから今日もこうして来た訳であって。

 もしも私に先輩の探している色が分かったとしても伝えられることは無い。だって私には表現できる手段が無いんだもん。例えば、簡単に赤色だったとしても、その赤色は人によって違う。血のような赤さを想像する人も居れば車の色みたいな赤さを想像する人も居る。みんなの感性が違うからこそ、芸術には答えが無いって思ってたんだけど。青原先輩はその色をみんなに伝えるために頑張ってるから、私も頑張らないと。


「立花さん」


「なんですか?」


「優しいね」


 ニコッと微笑んで教室へと戻って行く先輩。なにが優しいのか聞けなかったけど、先輩の優しい笑顔の色が一瞬見えた気がする。一色じゃなかった、数え切れないほど多くの色が混ざり合って一つの温かい色を生み出していた。一言で何色か言えないほど複雑な色。まるで、この桜の木を先輩と一緒に初めて見上げた時みたいな。

 教室へ戻ってもさっきの事が忘れられなかった。これなら桜じゃなくて先輩の事を観察した方が分かりやすい気がする。


「カッコ良かったな……」


 先輩はいつも笑顔だけど、何となく温かくなかった。だけど、さっきの先輩の笑顔は私の心を鷲摑みにするには充分過ぎるくらいだった。普段の先輩と何が違うのかは分からないけど。


「あの……立花さんだよね?」


「え? あ、はい」


 この子、入学式の時から応援してる中学生カップルの女の子だ。穂村(ほむら)さんだっけ? なんで私に話しかけたの? もしかして何か悪いことでもしちゃったかな? じろじろ見すぎとか怒られたらどうしよう……


「あ、え~っと……その、一度お話してみたいなって思ったの!」


「お話?」


「桜、ずっと見てるから好きなのかなって」


 桜が好きかと聞かれれば好きな部類だと思う。でも、好きだから見に行ってるのかと聞かれればそれは違う。色んなモノの見方一つで世界が変わることを教えてくれた大切な先輩が居るから行ってるんだ。

 そういえば穗村さんはあの男の子が好きなんだよね。穗村さんは恋の色を知ってるかもだし、仲良くなって色々とお話してみたいのは私も同じだし。


「穗村さんはあの男の子と仲が良いよね。中学一緒だったの?」


「日向(ひなた)は私のヒーローなの。中学生の時にイジメられてた私を助けてくれたカッコいいヒーローなんだ」


 なんて頬を紅く染めて恥ずかしそうに言う穗村さんは誰が見ても可愛いなぁって呟いてしまうほどだった。あの男の子もそんな姿に見惚れてるし。


「私のことは桜って呼んでくれて良いよ」


「桜……ちゃん。私も月奈(るな)って呼んでくれて良いよ」


「月奈ちゃん。可愛い名前だね!」


 少しうつむいて嬉しそうに頷く姿もなんて言うか可愛いなぁって。天野先生と同じ感じがする。これは、私の方が仲良くなりたい率が高い気がする。私から積極的に行かないと。


「これからよろしくね!」


「……うんっ! よろしくね!」


 これは仲良くなってギューって抱きしめさせて欲しいな。猫とかリスとかハムスターみたいな感じの可愛さがある。天野先生もぎゅーって出来るくらいまで仲良くなりたいし。先輩の色を探すのは後回しで良いや。まずは天野先生をぎゅーってするところから始めよう。

 授業の終わりを告げるチャイムと同時に教室を飛び出したものの、部室に着いてから思い出した。天野先生は授業が終わった後に部室に来て青原先生とのポエムタイムが始まるんだった。青原先生のポエムを聞いたって知られたら怒られるのは私だもん。今の内に逃げよう。

 部室から教室へ引き返そうとした時に天野先生と鉢合わせてしまった。


「立花さん。どうしたの?」


「え~っと……」


 青原先生のポエムタイムの前に逃げないとなんて言えないし、教室は天野先生が忘れ物の確認をしてから来るし。これはどうしたものか……

 なんて考えてるうちに青原先生が出てきて逃げる間もなく部室へと引きずり込まれてしまった。貴重な二人きりのポエムタイムが私のせいで潰れてしまった事への罪悪感で押し潰されそうだった。


「何で逃げようとしてたんだ?」


「青原先生と天野先生の貴重な二人きりのポエムタイムを邪魔したくなくて……」


「ポエムタイムはやめろ。それに立花は文芸部の部員だろ? 何も気にすることなく入ってこれば良いんだよ」


 なんとなく天野先生の方へと目線を向けてみる。


「……」


 これ以上ないまでに残念そうな顔をしている。そんな顔されたら私の罪悪感が大きくなって爆発しそうになる。青原先生に指で合図を出して天野先生が今どんな状況なのか見てもらった。青原先生は何も気にすることは無いって言ってくれたけど、この天野先生の残念がってる姿を見ても同じことが言えるのか。


「立花」


「はい」


「次からは十五分後に来い」


「はい」


 やっぱり青原先生は天野先生に甘すぎる。ここまで来ると教師の威厳なんてものは微塵も残っていない。青原先生の発言を聞いた天野先生はもの凄く嬉しそうに袖を引っ張ってるし。もう何でも良いや。

 こうやって見てると近くに住んでる仲の良いお兄ちゃんとお姉ちゃんに見える。青原先輩は本当の兄弟だから小さな頃からこんな感じだったのかな。


「お姉ちゃん……」


「どうしたの? あ、間違えた」


 ぽつりと呟いたお姉ちゃんって単語に真っ先に反応する天野先生。お姉ちゃんって単語に敏感なのは何でだろ。


「ごめんね。小さな頃から夏くんにお姉ちゃんって呼ばせようとしてたんだけど呼んでくれなくて……」


 それで反応するようになっちゃったのか。天野先生は良い人だし凄く真面目に向き合ってくれるけど、先生って言うよりかは近くに住んでいる優しいお姉さんって感じがする。いや、お姉さんじゃなくてお姉ちゃんだな。

 小さい頃からずっと苦労して来たんだろなぁ。青原先輩。天野先生も青原先生もずっとこんな調子だったらしっかり者の青原先輩が二人の面倒を見てあげなきゃだし。

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