クオリアント・サーガ

紡木 想介

プロローグ

 激しくぶつかり合う閃光と地を鳴らす轟音が、先程まで静寂に包まれていた森を一瞬にして戦場に変えた。


 男は腰を落とし、次の攻撃に備える。緊張感が全身を駆け巡り呼吸が荒くなる。一度激しい攻撃が止むと、今度は指先を僅かに動かす隙すら見つけられない。短く逆立った茜色の髪の先までもがアンテナのように感度を上げ、相手の気配を探っている。


「戦いってやつは、こうでなくっちゃなぁ!」


にやりと白い歯を見せ、目の前に広がる粉塵に向かって叫んだ。


「バカ丸出しのセリフね…」


女はため息交じりに言葉を返す。


「いいわ。もうこんな事も今日で終わりにする。全力で行くわよ」


女の言葉をきっかけに、粉塵の中に赤い光が宿る。光は様々な文様を描きながら、やがて胸の前に円状の魔法陣を形取った。再び発生したエネルギーの圧力が、森の空気を震わせる。


瞬間、女は一気に地面を蹴って男との距離を詰めた。


「とどめ!」


赤い魔法陣が轟音をあげながら、男めがけて放たれた。


「こんなもん、貫いてやるぜ!」


男は再び声を上げ、両手を眼前に構える。目が眩むような閃光が生まれ、次の瞬間にそれは男の掌に収束した。


「うおおおおおお!」


凝縮されたエネルギーは矢のように鋭くなり一気に放出された。青い光の矢と赤い魔法陣が二人の間で激しくぶつかり合う。相手の気迫に押され、お互いの意識が飛びそうになる。辺りの木々は激しく揺れ、地面はえぐられるように土をむき出しにした。


渾身の力を振り絞り、男は更に光の矢を大きくした。女もそれに負けまいと全霊を込めて赤い魔法陣を放出する。強烈な勢いで衝突する赤と青のエネルギーはやがて行き場を無くし、遂には天高く空へと光の柱を発生させた。柱からの爆風に二人は吹き飛ばされ、激しく地面へと打ち付けられた。


「痛ってえーーーーー!」


男は三度、声を上げる。


「おい!大丈夫か!」


「痛いけど…大丈夫」


全身を土まみれにしながら二人は立ち上がる。


「危うく死んじまうところだったなぁ」


男は満面の笑みを女に向ける。


「あんたなんかと心中なんて、まっぴらごめんよ」


女は対照的に鋭い視線を男に返す。


「しかし、凄い魔力だったな。学校にばれなきゃいいけど。お前、本気出し過ぎ」


「だってもう、こんなの懲り懲りなの。さっさと新しいお友達でも見つけなさいよ」


女は頬を膨らませ、そっぽを向く。


「まぁまぁ。俺の友人の中で、殺す気で魔力をぶつけてくる奴なんてお前しかいないんだからしょうがねえだろ」


「殺す気だからね」


「流石はロックハート家の血筋だな。頼もしい限りだ」


「褒めてるの、それ」


女はより一層、機嫌を損ねた。


「褒めてるよ。だからさ、また宜しく頼むな」


悪びれもせず、男は今日一番の笑顔を作った。


やがて、魔力の余波が引き、森は静寂を取り戻した。二人は制服の埃を払いながら、ふと空を見上げる。いつの間にか茜色に染まった空が、これから来る夏の気配を告げている。


だが、静寂は思わぬ形で終わりを告げた――


「あれ…なに…?」


女が黄昏時の空を指差した。


魔力の衝突で出来た羊雲の切れ目に、ぽっかりと穴が開いていた。


「穴…だよな…」


余りにも不自然な現象に、二人はしばし立ち尽くした。


次の瞬間、その穴から落ちてきたのは、星でも雨でもなく、少女だった。

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