第59話 男の顔

舞は七姉妹会がここに遊びに来るのではないかと考えた。しかし事情を知る優しい彼らなら逆に恵母を気遣って来ないのかもしれない。

そもそも恵が好む事と言えば料理と手芸だ。男子である彼らはそういう事をしたがるとは思えないため、来る回数も少ないのだろう。


「弟なんかはよく友達を連れて来て、賑やかにして母を喜ばせるのだけれどね」

「じゃあ、また先輩に料理を教えてもらいに来てもいいですか?」


せめて舞はそう尋ねる。料理を教えてもらう事は悪くない事で、恵も恵母も喜ぶ事ならいい事だと思ったのだ。


「私は構わないけれど……舞ちゃん、わかっているの?」

「えっ?」

「こう見えて私は男なの。そうほいほい家に来てはいけないし、何もないとしても舞ちゃんを大切に思う人は気分良くないと思うわ」


そんな事があるように見えないが、いつか恵が男の顔を見せ舞を襲うかもしれない。

そうでなくても男と二人きりになるなんて、舞の家族や恋人は嫌がるだろう。


「……じゃあ、学校の調理室とか、他の人がいる環境ならいいですか?」

「それなら問題ないわよ。……まぁ、いつか現れる舞ちゃんの彼氏が嫉妬深くなければね」


昴はその点どうだったか、と舞は考える。嫉妬深くはなさそうだが、と考えた所で妄想が行き過ぎている事に気付き、舞は妄想を振り払うように首を振った。


「せ、先輩は、皆に男の人として扱われているんですね」


話題をかえるために舞はそんな事を尋ねた。

女装をしている恵だが、周囲からは女子としては扱われていない。かといって男らしい荒い扱いを受けている訳ではないが、一応は男寄りの扱いを受けているようだ。


「それはそうよ。だって私、本格的に女の子になりたい訳ではないもの」

「え? だったら何で女装を……」

「女装は……父親への反抗ね。この姿をするとすっごく嫌がるの」


舞には納得できる理由だ。息子が女装をして学校に通っている事は、父親ならばよく思わないはずだ。

そして父親とは不仲であるため嫌がらせとして女装をするのはまだありえる。

しかしそれだけの不仲の原因がある。


「私、家政科でしょう? けれどその進路を父親には反対されていたの」

「そうだったんですか……」

「えぇ。そもそもうちの父は古い考えの人間でね、男が台所に立つ事をよく思わないし、家事は女のするものと考えているから」


そういえば恵母は専業主婦で、父親も休日だというのに仕事でいない。そんな環境で家政科に進むのなら、相当強い決意があったはずだ。


「幸い母や弟が味方をしてくれたから家政科に進む事はできたけれど。でも父は私が入学してからもぐちぐちと『家政科なんて女が通う科だ』とか文句を言うから、女子の格好をして登校してやったの」


恵父も頑固だが、それにさらに逆らう恵も中々負けていないと舞は思う。

彼の女装にはそんな事情があって、それがまだ彼に男の部分がある理由なのだろう。


「今は父とは冷戦中。お互い口をきかないわ」

「……どうしてそこまでして家政科に?」

「私、家庭科の先生になりたいの。そうでなければ料理や服飾に関わる勉強をして、いずれは人に教えられるようになりたい」


初めて恵の夢を聞き、舞は彼を見つめた。普段の彼からは信じられない程に真面目な話だ。しばらくして恵は照れたように笑った。


「真面目な話をしちゃったわね、恥ずかしいわ」

「そんな。すごく立派です」

「そうかしら。普通だと思うけれど」

「でも、どうして家庭科の先生と決めたんですか?」


将来の事を中学の頃から決めているのなら、何らかの転機があったはずだ。

将来の夢が決まっていない舞には気になる。


「……さっきうちの母が入院したという話はしたでしょう。その時、当然うちは悲惨な状態になったわ」


専業主婦である母の入院。桃山家の家事が滞る事は容易に想像がついた。食事に洗濯や掃除。慣れない子供や父親がこなす事は難しい。


「当時私は小学生だったけど、なんとか自分でやろうとしたの。父からは家政婦を雇えばいいと言われたけれど、そういう人に任せるよりは私がやった方が母は喜んでくれるし、その後の食事も気をつけなくてはいけないから」


退院してからの事だって考えなくてはならない。料理だって食事制限など家族の理解が必要だ。なにより息子が自分のために頑張ってくれれば、母親にとっては嬉しい事だ。ゆっくりしつつ早く治さねばならないとも思うだろう。


「勿論すぐになんでもできる訳ではないから学校の先生に教えてもらったわ。それで気付いたの、家事は誰だってすぐできる事ではなくて、できないとすごく困る事だって」


舞も自分を省みて思い当たる。料理は簡単なものしかできないし、時間もかかる。このまま母に何かあればきっと幼い恵のように困る事になるだろう。


「家庭科の大事さがわかったから、それを教えられる先生になりたいの」

「ほんと立派ですね……」

「うふふ、もっと言って。だからこうして進路を決めて、女装をしている自分って結構好きなの」

「すごくえらいです。先輩達は皆そんな風にも進路が決まっているんでしょうか……」

「そりゃあもうすぐ三年だし、皆特殊な科にいるもの。ある程度は決めているとは思うわ」


七姉妹会に通う生徒はほぼ、すでに中学生の段階である程度学びたい事を決めて各学科を受験した。

それだけ早くに将来を決めるなんて普通科の舞には尊敬してしまう事だ。舞はただ、距離の近さと設備の充実や口コミから普通科を選んだのだから。


「あぁ、でも赤坂の進路はだけはまだ決まっていないのかもしれないわ。彼は普通科だし、何に挑戦してもすぐ飽き……いえ、やめてしまうし」


舞は昴の部屋を思い出す。確かにあの物の多い部屋は多趣味なようだが、どれか一つも続いていないようだった。


「舞ちゃんはまだ一年でしょう。確かに進路は大事だけれど、焦るものではないわよ」


不安げな舞の表情を察して恵は付け足した。

しかし今舞が考えていたのは昴の進路だ。

あの成績優秀さならどんな道も選べる。しかしそれ故に迷っているのかもしれない。

もしくは、わざとフラフラしているのかもしれない。

やはり彼は幸せになろうとしないらしいと、舞は改めて気付いた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る