負けヒロインに救いはありますか?

姫椿

プロローグ

 七月。

 梅雨が終わったかと思えば、終わらない。

 晴天と豪雨を繰り返す、安定しない空模様に嫌気が刺してくる頃。

 春太は、放課後に一人の女子に呼び出された。

 どうして、今なんだ。と思いつつも断る理由もなかったため、指定された場所に向かうことにした。

 したのだが、向かう途中で様々な疑問が脳裏に浮かぶ。

 どうして、呼び出したのか。

 呼び出すとしたら、何か用事がある時。

 それこそ告白とか、部活勧誘とか。

 しかし、どちらもあり得ない。

 告白されることも、部活勧誘されることもないはずだ。

 彼女は言っていた。

 春太のことを好きではないと。

 二人で出かけた去り際に、彼女はそう言いのけたのだ。

 それに、彼女とは随分話していない。

 周囲の人間関係に亀裂が入ったせいだ。

 そのせいで、彼女とは自然と話す機会が減ってしまっていた。

 誰が悪い、悪くないとかではない。ただ、話すことはなくなってしまった。それだけだ。

 それに、彼女がどう思っているのかなど分かるはずがない。

 今まで積み上げてきた人間関係が、嘘のように崩壊していく。

 砂浜で作った山が、一瞬で海にさらわれるように。無残に散った。

 人間関係を壊すことは簡単だ。

 全てに言えることだが、苦労して作り上げたものほど壊すのは簡単だ。

 世の中、そうやってできている。

「待ってたよ」

 扉を開けたら、一人の女子の影と声が視界と耳に到達する。

 呼び出された教室、そこはレジ部の部室だった。

 時刻は六時ごろ。窓から差し込む逆光で、顔が見えない。だが、春太には声だけで――。

 いや、声がなくても分かる。

 心の底から惚れてしまった女子。その子のことになれば、声など介さず誰だか分かってしまう。

「……うん。呼び出して何か用?」

 呼び出される理由なんてないと思っていた。

 デートに誘われたのに何もなかった。二人で時間を共有して……もしかしたらと思っていた。

 しかし、彼女から思いを伝えられることはなかった。

 ――この日までは。

「この前、二人きりで出かけてから、色々考えたの」

 少女の声は細くて、心なしか震えているようだった。

「それで、気づいちゃったの。この気持ちは恋なんだって」

 少女は言葉を紡ぐ。夕日なのか、顔を火照らせながら。

「春太に恋をするなんて、本当はいけないこと。ダメだってわかってる」

 声は震えていた。微かではない。あからさまに震えている。

 今にも泣きだしそうな声であった。

「本当、ダメだなあ……」

 少女は泣いていた。涙交じりの声で呟くと、少女は動き出す。

 ゆっくりと、春太の目の前まで迫っていて、距離を詰める。気づけば――。

 唇に柔らかい何かが触れた。

「ごめんなさい。またね」

 少女は頭を下げると、教室を去る。泣きながら、腕で強引に涙を拭いながら。

 震えていた。泣いていた。

 好きになってはいけないと、少女は言った。

 どうして、少女は自分が付き合えないと思い込んでしまったのか。

 これは、彼女自身が――。

 負けヒロインになることを望んでしまったからだろう。

 自分が好きになった人間の幸せを願ってしまったからだ。

 負けヒロイン。

 この世で一番健気で美しく、魅力的で。

 そして――。

 救いがない人間だ。

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