そこにある愛を抱きしめて
雨間一晴
第1話 君と一緒に。
「この遊園地に来るのも久しぶりだな……」
「そうね、あなたは楽しみ過ぎて、寝ないで来たんだったよね。栄養ドリンク飲みながらさ」
「恥ずかしいから止めろ。そりゃプロポーズが成功した後の、初デートだったんだぜ?その、なんつーの、記念日じゃないか、カップルから一歩先に行けたっていうか」
「ふふ、本当は遊園地に行くのが楽しみだっただけでしょ?今日だって、目の下にクマ作って、眠れなかったんでしょ?本当に少年のまま育ったみたいな人だね」
「お前は変わらないな。なんか、いっつも冷静なんだけど、たまに、はしゃぐのが可愛いんだよな」
「もう、うるさいなあ。ほら、もう着くよ。駐車料金いくら?」
駐車場ゲートでは、オレンジ色のウィンドブレイカーに赤い帽子の、若い女の子が無邪気な笑顔で迎えてくれた。
何だか、彼女に似てる気がして、俺は少し後ろめたい気持ちになりながらも、しっかりと二千円払った。毎回、料金が高いと思ってしまうが、そんなことは、今日はどうでもよかった。
「それでは、ごゆっくりとお楽しみ下さいませ!」
元気すぎる声は、今日も寝不足な俺には少し響いたけれど、とりあえず、またここに来れた。
駐車場には、まだ朝の七時だと言うのに、小さな子供連れや、カップル達が溢れてて、それはもう、園内に入る前から素敵な場所なんだと、誰もが疑わない説得力があった。
「ねえ、さっきの子に鼻の下、伸ばしてたでしょ?」
「な、そんなことないって!」
「ふーん、どうだか」
「おいおい、せっかく久しぶりに来れたんだから、今日は仲良くしよう、な?」
「別に私は怒ってませんけど、早く駐車してもらえます?」
「あー、はい。駐車させて頂きます」
車を止めて、あの日のように、開園の八時まで寒い中、野外で待っていた。
「今日も寒いね、寒くない?」
「うん、大丈夫。あなたもキャラクターの付け耳つけて、さっきのお姉さんナンパでもしてきたら?」
「まだ怒ってるじゃん、ごめんって」
前にいる女子高生達が、少しこっちを見て笑っていたが、別に彼女にいじられるのは慣れてたから、気にすることもなかった。
「まもなく、開園致します。入場前に、こちらのゲートでも検査をさせて頂きますので、ご協力お願いします。身に付けている金属は外して頂きますように、お願い致します」
前にいる女子高生がざわつきだした。
「えー、なにあれ?金属探知機?時間かかりそうで面倒じゃね?」
「わかるー、早く入れろっつーの」
みんな早く園内に入りたいのだろう、そりゃそうだ。俺は金属探知機が導入されてたのは知っていたが、なんとなく、知らないふりをしておいた。
「あー、金属探知機、導入されたんだったっけ」
「そうだよ、最近、色々と物騒だったからね」
いよいよ、金属探知機の前まで来て、俺はそっと横の青いプラスチックのカゴに、ベルトと、ライターと婚約指輪を入れた。
「お客様、大変申し訳ありません。ライターの方は危険物扱いとなっておりまして、その、没収させて頂いております」
「あ、そうか。すみません、そちらで処分してもらって大丈夫です」
「ご協力ありがとうございます。こちらの指輪の方は、小さくてゲートに反応しませんので、お持ちになってて大丈夫ですよ」
「そうなんですね、すみません」
我ながら、非常にダサい入場になってしまった。なんというか、いつも大事な場面で上手くいかないんだよな……
「ださかったね」
「自分でも分かってるから言うなって、ほら、久しぶりに来たんだし、のんびり楽しもうよ」
「そうね、本当に久しぶり」
園内は、あの日と変わらず、素敵なままで、少し安心した。日本じゃないみたいな、色鮮やかな建物、風船を沢山持った猫のキャラクターに子供が駆け寄っている。胸に響くオーケストラが放送で流れていて、ここからでも見える大きなお城が、澄み渡る青空に浮かんで見えた。
彼女の指輪は、眩しいほどに、朝日に照らされていた。
最初のプロポーズは、自宅でかっこよく決めるはずだったんだけど、緊張しすぎて、バカにされて笑いながらオッケーをもらったんだったよな。
俺は、そっと胸ポケットにしまってある手紙に手を当てた、じんわりと勇気が湧いてくる。
「なに真面目な顔で考えてるの?」
「ううん、なんでもない。今日が良い天気で良かった、少し歩こうよ」
「変なの」
ただ、何も考えないようにして、広い園内を歩き回った。楽しそうな人々と愉快な音楽に、ただ歩いてるだけで心が洗われるようだった。
「歩き疲れたね、少しお茶でも飲んで休もうか」
「おじさんの下手なナンパみたいな誘い方だね」
「悪かったな、おじさんで」
「いらっしゃいませー」
「ホットココアと、コーヒー一つずつで」
「八百円になります、お熱いので、お気をつけ下さい。ありがとうございました!」
野外のテラス席に座った。風が寒いけど、やっぱりここが良い。鉄で出来た背もたれが嫌に硬く感じる。
「八百円は高いよな?」
「場所代よ、そんな夢のないこと言ってるから、プロポーズも下手なのよ」
「あー、それ言うの禁止って言っただろ、お前だって、笑いながらだったけど、嬉しそうにオッケーしてくれたじゃんか」
「まあ、あなたらしくてよかったよ、ふふ」
一人の少年が、とことこと歩いてきた。背を伸ばして、何とかテーブルを覗いてきた。
「おじさん、誰と話してるの?」
「……」
「すみません!うちの子が、ほら、行くよ!」
「ままー、あのおじさん、指輪と話してたよ?」
「いいから!早く行くわよ!」
俺は、前に置いた指輪を、胸ポケットに閉まった。ぬるくなったコーヒーをすする。嫌に苦い。
「……本当に久しぶりだな、ここに来るのは」
後ろの女子高生達の声が、すっと胸に響いてきた。
「ねえ、知ってる?ここで殺人事件あったんだよ」
「え!まじ?」
「まじまじ、十五年前にね、ここでデートに来てた女性が刃物で殺されたんだって!このテラス席らしいよ」
「うわ!まじか。こわ。ちょーかわいそうじゃん」
「ねー、こんなとこで人殺しなんかするなって話だよね、神聖な場所が汚れるわ」
「神聖な場所とか、ウケるね、はは。今年も彼氏出来てないウチらには、心配いらない事件だね」
「来年は彼氏と来るからセーフだし。それに、その事件があったから、金属探知機が導入されたんだって、まじ入園遅くなるし迷惑じゃない?」
「あー、分かる。あれ面倒」
「ねー。あ、次なに乗る?」
迷惑か……
もし君が生きてたら、同じことを言ってたのかな。いつものように冷静に、前から必要だと私は思ってた。なんて言ってくれるのかな。はは。
手に持つコーヒーが手にかかって、俺は自分が震えて泣いてることに気がついた。
ようやく日の光に暖められた園内をしばらく見つめていた。人々の笑顔が眩しかった。
向こうから君が、ぬいぐるみでも抱えて、歩いてきてくれれば良いのにな……
あの日、あの城の下で、君に改めてプロポーズ。そうしようと、してたんだったよな。あの日も胸ポケットに手紙を入れていたな。
君はもう居ない。そんな事はとっくに分かっている。分かっていた。
最後に、ここに来れて良かった。覚悟も決まった。俺は行かなきゃいけない場所がある。
もうすぐ、君に会える気がして、少し安心している自分が悔しかった。
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