SUGEKAE DANCE

エリー.ファー

SUGEKAE DANCE

 僕がコンビニでアルバイトをしていたころの話だが。

 その日は、深夜のアルバイトも何度も何度も続いていて、正直疲れていた。おにぎりを陳列したり、揚げ物をしたり、無意味にレジを開けてみたり。

 本当に、ただそれだけの時間が過ぎた。

 まるで、僕はこのコンビニの中にアルバイトという職業をいいように使われて閉じ込められているようだと思った。

 お金欲しさにこんなところにいることの意味を考えたくなったし、考えてむなしくなったりもした。別に、お金がある状態を求めている訳ではないのだ。お金が溜まったところで、別に何かを買いたいとかそういうことでもない。

 ただ。

 余った時間の使い道が分からなかったのである。

 だから友達に相談して、その友達と入れ替わるようにコンビニバイトを始めることにした。

 別に誰とも仲良くならないし、ただ、このコンビニ中の何一つ変わらない景色を見つめ続ける。そういう時間が流れていた。

「いらっしゃいませ。」

 僕は出入り口の扉が開き、入店を知らせる音が流れたことで反射的にそう言葉を吐き出した。

 ベテランのバイトともなると、無言ということになるのだが、その点、僕はかなり真面目な方である。

 しかし。

 誰も入っては来なかった。

 誰一人として、である。

 もっと言うのであれば。

 扉は開いていなかったのだ。

 僕は外を見つめる。

 誰もいない。

 しかし。

 しっかりと、あの聞きなれたメロディは流れたのである。

 僕はレジの裏に置いてあった、シロップを舐める。

 清々しい気分だった。

 ダウナー系のものをそろえてもらったので、それが体に染みわたる感覚がとても心地いい。

 またもコンビニの扉が開いたような気がしたが、見向きもしなかった。

 蒼っぽくなる気持ちは、妙に晴れやかで首の根元からストレスが泡となって出ていくような思いだった。もっと早くから手を伸ばしていれば、と思うけれど、自分の性格を知ってアッパー系よりもダウナー系の方が合っているだろうと分かったから、迷うこともなかった。

 その点は、人生経験かもしれない。

 アッパー系は体の内側から熱がこみあげてきて、そのままこもり続けるのだそうだ。そしてそれを身体的であったり精神的に乱れることによって、空気中に発散させるのが心地いいらしい。

 僕には分かる。

 けれど。

 アッパー系には情緒がないと思う。

 僕はそうではなく冷たく世界を見つめていたい。

「店員さん、店員さん。」

 目の前に紙飛行機が立っていた。

 目はついていないし、口もついていない。

 僕は目を擦ってから紙飛行機のことを訝し気に見つめた。

 紙飛行機の表情をうかがい知ることはできない。

 当然と言えば当然だが。

「あの、煙草いいですか。」

 紙飛行機は続けてそう言った。

 紙飛行機が煙草に火を付けて吸ったら、その火が自分の元にまで来て燃えてしまうのではないか、と想像した。だが、どうせこれも妄想だろう。後ろを振り返って煙草を眺める。

「何番ですか。」

 紙飛行機は何も答えない。

 僕は後ろを振り返る。

 誰もいなかった。

 その代わりのように、ダウナー系のシロップが床に散乱している。

 それが世界地図のように見えた。

 別に依存度が高いという訳でもないので、それらを眺めてももったいないであるとか、はいつくばってでも舐めたいと思うこともない。

 けれど。

 モップを持ってきて掃除をした方が良いだろうとは思った。

 突然、携帯が鳴る。

 表示されたメッセージは一行。

 結構きめられるやつ入荷したけど、明日とかどう。

 僕は無視をしてモップを取りに行く。

「何番ですか。」

 誰かにそう話しかけられたような気がして店の中を見回す。

 僕しかいない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

SUGEKAE DANCE エリー.ファー @eri-far-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ