依頼②

 陽が落ち始め、影が伸びだす頃。

 音葉と奏はメールの差出人の少女、三原そらの通う小学校の前に居た。

 既に授業は終わり、多くの生徒たちは既に帰宅し、外から覗いて残っていると分かるのは校庭で走り回る一部の生徒たちだけだった。


「そういやおっちゃんは県外組だっけ」

「ええ。東北の田舎、というほどでもないですが小さな町の生まれです」

「へえ。なんでこっちの大学に? 向こうにも有名な大学はあったと思うけど」

「時間潰しに話したい内容ではないですね。大した内容でもないですが」


 曖昧に笑い、話したがらない音葉に奏もそれ以上の追及はしなかった。

 音葉の言う通り、時間潰しでの会話でしかなかったのだから、無理に聞き出す必要も感じない。


「そう。んじゃあおっちゃんも小さい頃に『こっくりさん』の話を聞いた事とかやった事はある?」


 電車に揺られて一時間、メールでやりとりを続け、向かっている事を告げると三原そらは小学校の前で待っていて欲しいと返してきた。

 到着と同時にメールを送ると、すぐに迎えに来ると返信があった。お互いに警戒心がないね、と奏は苦笑したが、逆に三原そらという少女に起きている異変の信憑性が増したとも言える。


「そういうものがある、という事だけは耳に入っていましたね。昔のように大流行したわけでもなく、一部の子供たちが騒いでいただけだったと思います」


 唇を隠すように手を当て、昔の朧げな記憶を手繰り寄せて答えると、奏は納得したように頷く。

 その反応を訝しげに見つめると、奏が笑う。


「いや、昔のおっちゃんって可愛げなさそうだなあってさ。クラスの席に澄まし顔で座ってそうだよね」

「……まあ間違ってはいません。その頃は今以上にオカルトには敏感で、関わらないようにしていましたから」

「へえ……それで変に捻くれたりしないんだから、根から良い子なんだねえ」

「そうでしょうか……? 私は割と捻くれ者の類だと思いますが」


 奏の言う通り、音葉の幼少期はクラスから少し孤立していた。

 小中高と一定の周期であった女子の占いブームやオカルト絡みの噂話などに乗る気になれず、自分を曲げて人に合わせる事を良しとしなかった事や孤立を苦としていないように周囲に見えた事が原因だろう。

 それを受け入れていたあたり、随分と捻くれていたと音葉は自覚している。


「本当に捻くれてたら法学なんてがんじがらめの所に入ったりしないよ。結局、法ってのは他人が定めたルールでしょ?」

「それはそうですが……こう言うのもなんですが、私は別に高尚な夢や信念があって学部を選んだわけではないですし。なんと言えばいいのか……」


 躊躇うように言葉を切り、しかし少し卑屈そうな笑みを浮かべて音葉は答えた。


「私は未知を知る事が嫌で、知らなくていいものはそのまま、知るべき事を知りたかっただけです」


 妙な言い回しに首を傾げ、詳しく尋ねようとした矢先、奏のスマートフォンがメールの着信を告げる。


「うっわ……」


 メールを見て、奏が表情を歪める。まさか悪戯でした、とでも送られてきたのだろうか、音葉も画面を覗き込もうとするが、それよりも早く奏がスマートフォンを音葉の眼前に突きつける。


「失礼しちゃうよね、まったくさ……」

「……いや、でも……その、正直仕方ないのでは?」


 送られてきたメールの内容は、校門近くに立つ音葉たちが目的の人物かどうかを確かめる為のものだった。

 が、そこに記されていた内容が『白髪の小学生』と一緒の、青い服の女の人で合っているか、というもの。


「こっちは二年生は二年生でも、大学だっての!」

「まあまあ……」

「おいこら、お前だよお前!」

「えっ?」


 憤慨する姿はやはり小学生が癇癪を起こしたようにしか見えないな、と心の内で思いながらも奏を宥めようとする音葉だったが、またしても奏に先んじられてしまう。

 怒りながら奏が指差す先には、ビクッと肩を震わせ、道の角から二人を窺う少女が居た。


「あの子が……」


 少し汚れた赤いランドセルを背負う少女。彼女が怯えているのは奏に対してではない。

 音葉たちとは違う何かに脅えているように見える。

 チリン、とランドセルに付けられた鈴の音が夕暮れの道に響いた。




 ◇                     ◇




 依頼主の少女、三原そらと共に二人は近くの公園にやってきた。

 知らない人を家に上げる事は出来ない、というそらが案内した学校近くの公園だったが、周囲に人の気配はない。

 都合は良かったが、人気のない夕暮れの公園というのは嫌な雰囲気だと音葉は感じていた。


「んじゃ、改めて自己紹介するけど、私は兎羽奏。君が利用してるサイト、『心霊研究会』の管理人。ちなみに歳は数えで二十歳ね」

「私は久守音葉。奏さんの友人で……『心霊研究会』の一員です」


 公園に設置されたベンチに向かい合って座り、奏が気楽な調子で自己紹介を終え(年齢まで伝えたのは最初の反応を根に持っているのだろう)、『心霊研究会』の名を出す事を躊躇いながら音葉も続くように名乗ると依頼人の少女も俯きがちに口を開く。


「……三原そら。小学三年生」

「ふぅん、メールは本当だったんだ」

「信じてないのに来たの?」

「あのメールだけで何をどう信じろって言うのさ」


 不安と不満が入り混じった表情のそらに奏は肩を竦めて返す。

 そんな様子を見て、音葉が奏に耳打つ。


「奏さん、相手は子供なんですから、もう少し優しく……」

「年下って苦手なんだよねえ。それにおっちゃんの立場で考えてみてよ? 小学生相手に下手に出てるような奴、頼りに出来る?」

「下手に出ろというわけじゃありませんから……」


 子供の扱いに不慣れなのは音葉も一緒だ。それでもどうにかしてそらを安心させようと知識を総動員している中、そらが口を開く。


「別にいいよ、子供扱いしないで」

「ほら、本人もそう言ってるんだしさ」

(大人ぶりたい年頃、という奴でしょうか……)


 俯いていた顔を上げれば、気の強そうな切れ目の瞳が見える。けれどその奥に隠れる脅えを隠しきれてはいない。

 精一杯の強がりなら、それを尊重しようと自分を納得させ、音葉もそれ以上奏を咎める事はしなかった。


「それじゃ、もう一度君がやらかしたっていう『こっくりさん』について教えてよ」

「メールで送った通りよ」

「だから、それを、君の口から、もう一度、話してって言ってるの」


 指を突きつけ、単語を区切りながら問い詰めるような口調で奏が言うとそらの不満そうな表情はさらに強くなる。


「……『こっくりさん』をやったのは三日前。ネットで見かけて、簡単に出来そうだったから、私が紙を用意して、学校に持って行ったの。見つけたのはあなたのサイトよ」

「元々そういうオカルトに興味が?」

「別に。たまたまリンクを辿って行った先で見つけて、やってみようと思っただけ。……こんな事になるなんて分かってたら、絶対にやらないわ」

「やり方は本当に私のサイトに載ってた通り? 用意した紙に文字が足りなかったり、途中で硬貨から指を離したりは?」

「紙はサイトに載ってたのをプリントしたものだし、誰も離したりしなかったわよ」


 そらの言葉を音葉が聞く限り、嘘を吐いているような様子はない。事実をあるがままに述べているように、淀みなく答えている。

 奏もそれを感じているのか、必要以上に揺さぶるような問いはしなかった。


「ちなみにどれくらいの時間、『こっくりさん』をやったの?」

「あんまり覚えてないけど……多分、十分ぐらい」

「じゃあ『こっくりさん』に聞いた質問は?」

「……最初は大した事は聞いてない。明日の給食は何か、とか。担任の先生の名前は、とか。みんな知ってるような事」


 その答えに奏は「ふうん」と意味ありげに呟くと、音葉を手招きして耳打ちする。


「私が聞くと苛めてるみたいになりそうだから、ここからはおっちゃんから聞いてよ。おっちゃんが気になった所でいいから」

「え……はあ、分かりました」


 むしろ見た目的には私の方が苛めているように見えそうだ、と思いながらもそれを口にすれば奏の機嫌を損ねる事は分かり切っていたので、遠慮がちに音葉は口を開いた。


「では、三原さん。あなたは元々『こっくりさん』を信じていなかったんですよね?」


 そらは『こっくりさん』にみんなが知っている事から聞き始めた。

『こっくりさん』の主な原因は自己催眠説、またそもそも誰かが故意に指を動かしている自演というパターンも多い。

 だがどちらにせよ、それは本人たちが知っている内容しか『こっくりさん』は示せない。

 それを知っていて、『こっくりさん』という都市伝説フォークロアを信じていなかったからこそ、自分が答えを知っている内容を質問したのだ。


「当たり前じゃない。そんなもの、本当にあるなんて思わないでしょ」


 馬鹿にするようにそらは頷いた。

 かつて大流行した時代ならともかく、現代では『こっくりさん』を心から信じる子供というのは珍しいのだろう。


「元々、手品みたいなつもりで誘ったのよ。上手くやって、みんなを驚かせたかったの。……でも、いつの間にか、気づいたら私が指を動かさなくても、勝手に質問に答えるようになって。いくつか私が質問をしてる内に、それで盛り上がり始めて、しちゃ駄目って言ってたのに、みんなも質問をするようになって……私も知らない答えを示すようになって……」


 その時の状況を思い出したのだか、そらは自らを抱きしめるように両手で肩を抱く。


「辛いかもしれませんが、覚えている限りで『こっくりさん』に質問した内容を教えてくれますか?」

「……分かった」


 震えながらポツリポツリとそらが『こっくりさん』にした問い掛けを一つずつ答えていく。

 給食のメニュー、教師の名前、明日の天気、宿題の答え。そらがした、そういった誰もが知りえる問いに『こっくりさん』は淀みなく答えたという。

 だがそらの知りえない質問、友人たちが約束を破って始めた質問にも、『こっくりさん』は淀むことなく、そらたちの指を使って答えを指し示した。




 ◇                     ◇




「じゃあじゃあ! 委員長の嫌いな物!」

「ちょ、ちょっと! 約束したでしょ! 質問するのは私だけだって!」


 自ら意識して指を動かすよりも早く、硬貨が答えを示している気がし始めたそらは慌てて友人の少年を止めた。


「別にいいだろ? 何にでも答えてくれるなら、あの生意気な委員長の苦手なもんを教えてよ!」


 だがもう遅く、既に質問は成された。

 そらの知るはずのない問いに、硬貨を押さえる指は戸惑うように揺れるだけ、のはずだった。


「え……」


 しかし、四人の指が乗った硬貨は何の戸惑いもなく、机の上に載った紙の上を滑っていく。


「えーと、む……し……虫ぃ? なんだ、案外普通だな」

「虫なんて誰でも苦手じゃん!」

「でも納得ぅ、なんか潔癖そうだし!」


 ありきたりな答えに三人の男女は少し拍子抜けしたように騒ぐ。


(虫……そう、だよね。これぐらいなら、別に想像もつく……少し雰囲気に当てられて、妙な感じになってるだけ)


 そらは一人、自分を納得させるように心中で呟いた。


「じゃあ次はあれ! 先週なくした私のお気に入りのキーホルダー! あれ何所に行ったの!?」

「あー、そういえばかなちゃん言ってたよね。体育の授業から戻ったらなくなってたって」

「そう! 間違いなく仕舞ったはずなのに!」

「キーホルダーの一つぐらい別にいいだろ?」

「良くない!」


 やはりそらが知るはずのない質問だが、そらは冷静に考える。ありきたりで、おかしくない答えを。


(ゴミ箱とかを指せば、それで……)


 だが、そらの意識とは無関係に指は動き始める。


「ま、つ、も、と……さ、な……って」

「松本って、隣のクラスの奴だろ? 確かお前、去年同じクラスだったよな?」

「うん。でもあの子なんかいつも暗いし、遊びに誘っても全然来ないし、仲良くなんてない……! あいつが盗んだの!?」

「お、また動いた……はい、だってよ」


 そらが意識したのとは全く別の答え。

 松本という少女とそらは面識はほとんどない。顔と名前を知っているだけで、クラスが一緒になった事もなかった。

 当然、泥棒の罪を着せるような恨みなどあるはずもない。


(なんで……!? なんでなんでなんで!? こんなの知らない! どうしてこんな……!?)


 不思議な事は何もない、と言い聞かせていたそらからそんな余裕が消える。

 全く意図していない答え、それも友人関係に不和を齎してしまうような答えなど、そらが指すはずはない。

 明らかに自分の意図していない何かが指を動かしている。

 自分ではない誰かが硬貨を誘導しているのかもしれない、そう考えて三人の顔色を窺うが驚きや怒りの表情を浮かべるばかりで、そんな事をしているようには見えない。

 それに他の三人にも松本という少女に濡れ衣を着せる程の恨みがある事など聞いた事もない。


「仕返ししてやる! こっくりさん! あいつの好きな男の子を教えて!」

「そんなの聞いてどうするの……?」

「決まってるじゃん! あいつのクラスの黒板にそれを書いて、朝来たらみんなにバラしてやるの!」

「うっわ、お前ひでえ!」


 さらなる質問を重ね、さらにはやり過ぎとも言える仕返しを考え付いた友人たちに焦りを抱き、そらは叫んだ。


「おしまい! これでもうおしまい!」

「は? ちょっとそら、何勝手に……」


 もしかしたらこれが原因で友人関係に罅が入ったり、自分が苛められる事になるかもしれない。

 そう考え付いたが、それでもそらは言い切った。


「『こっくりさん』、ありがとうございました! おはなれください!」


 この『こっくりさん』を終わらせる、正規の呪文を。

 もしも指が動かなかったら。『こっくりさん』を知ったサイトに書いてあったその結果を思い出し、体が震える。


(動けっ、動け動け……!)


 そらの心配を他所に四人の指が乗った硬貨は「はい」の位置を示した。


「あー……」

「ちぇっ、これで終わりかよ?」

「ちょっとそら、何で終わりにしちゃったの!?」

「ほ、ほら! もう夕方だもん! あんまり遅くまで教室に残ってると先生に怒られるし、また今度やればいいじゃない!」


 体温で熱くなった硬貨を乱暴にポケットに仕舞い、残された紙をしっかりと破りながら捲し立てるようにそらが友人に説明する。

 一人の大人しい少年は残念そうな表情を、もう一人の活発そうな少年はつまらなそうな表情を、そして残る少女は不満そうな表情を浮かべるが、そらの言葉ももっともだと渋々納得したようだった。先生に怒られる、という言葉が聞いたのだろう。


「まあいいもん。犯人は分かったし、明日一番に問い詰めてやるんだから」


 少女がそう言いながら置いてあったランドセルを背負った事で、残る二人もそれに続いた。

 少しだけ不和を残しつつ、それでも『こっくりさん』は終わったのだとそらは胸を撫で下ろす。

 これが始まりでしかない事に気づかないまま。




 ◇                     ◇




 そこまで語り終え、そらは疲れ切ったようにベンチに背を預けた。


「良くお話ししてくれました。ありがとうございます」


 音葉はそらに礼を言うと、隣に座る奏に目を向ける。

 奏は音葉に質問を任せた後、取り出した手帳にペンを走らせていた。

 まだ音葉が気になっている部分はあるが、そらの様子を見ると今は一度止めた方が良いと判断したからだ。


「どうですか、奏さん?」

「んー、まあ話は分かったよ。んじゃいくつか確認」

「三原さん、大丈夫ですか? もし辛いなら一度休んで……」

「……大丈夫。それより、早く何とかしないと……」


 心配する音葉に気丈に答えるそら。彼女の年齢なら無責任である事も許されるだろうが、それでも彼女は責任を感じ、それを果たそうとしている。


「そのおかしくなったっていう君の友達を私たちは見てないから何とも言えないけど、その原因が『こっくりさん』なら、どうして起こったのか、だ。だから確認。『こっくりさん』で使った紙、私のサイトからプリントしたっていうあの表はどう処分したって?」

「ばらばらに破って、教室のゴミ箱……」

「私のサイトにも書いてあったんだけど、『こっくりさん』で使った紙は本来『四十八枚』に破り捨てるか、『燃やす』かしないといけないんだけど、知ってた?」

「え……あっ」


 奏から告げられた『こっくりさん』の後始末の方法に、そらの表情に焦りが浮かぶ。

 目を閉じ、記憶を辿ると確かにその記述を見た覚えがあったのだろう。目を見開いた。


「待ってください、奏さん。破り捨てた枚数はともかく、『こっくりさん』を行ったのは三日前、なら紙は焼却されているはずでは?」

「うん。でもこれも原因としては考えられるって事。じゃあ次、使った硬貨はどうしたのさ?」

「それは……これ」

「はい没収」


 そらがポケットから取り出した十円硬貨を奏はあっさりと取り上げる。


「使った硬貨はいつまでも持ってちゃアウト。三日以内に使うか、塩水で清めるってのがルール。まあまだ三日以内だし、これで大丈夫でしょ。後で塩水に漬けとくよ」


 親指で硬貨を上に弾くと、硬貨は取り出したコインケースに吸い込まれるように落ちていく。

 パチンと蓋を閉めたそれを内ポケットに仕舞い、奏は指を一本立てた。


「これでひとまず後始末はオーケー。少なくともこれから君に『こっくりさん』が取り憑く、なんて事にはならないはず。都市伝説フォークロアは理不尽の塊だけど、彼らなりのルールに則って行動しているみたいだからね」

「で、でも他の皆は!?」

「オカルトとして考えた場合、『こっくりさん』の正体は動物霊や低級な自然霊だと言われてる。自然霊ってのは生き物が死後になる幽霊と違って、元々から在る存在、要は生物として一度も生まれた事のない存在、輪廻の始まりの事」


 質問には答えず、不安がるそらを指さし、奏は『こっくりさん』をそう説明した。

 そらにとっても自分たちに降りかかっている異常について知る事は必要だが、今の彼女にとってはそんな事はどうでもよかった。

 『こっくりさん』に責任を感じているそらにとって、自分だけが安全を保障された今の状態は罪悪感を生み、彼女の良心を苦しめている。


「私は『こっくりさん』に憑かれた事はないけど、今までの私の経験上、そういう低級霊ならちょっと大きな神社でお祓いしてもらえば解決だよ」

「お祓い……? で、でも! 友達のお母さんたちはまだ病院だって連れて行ってないのに、いきなり神社になんて……」


 奏の提示した解決策に、そらは泣きそうな表情で呟く。

 彼女の言う通り、普通の家庭なら病院をすっ飛ばして神社でお祓い、なんていう方法を取る事を良しとはしないだろう。


「悠長にしていたら、それこそ病院でも手遅れになるような事が起きるよ」


 戸惑うそらに、奏は冷たく宣告する。


「『こっくりさん』に取り憑かれた人は自殺しようとしたり、人を殺そうとしたりするって言われてる。部屋に引き篭もってるなら手首を切るか、それとも家族の首でも切るかもね」

「……!」


 そらの顔が青ざめていく。未だかつて感じた事のない死が、そんなにも身近である事に。

 他人の口から告げられ、改めて事態の深刻さを知ったのだ。

 そんなそらに、奏はさらなる言葉の刃を向ける。


「あのさあ」


 呆れたように、鬱陶しそうに、ぶっきらぼうに奏は頭をかきながら口を開く。


「君が責任を感じて、どうにかしたくて私に連絡して来たってのは伝わった。けどさ、責任を感じてるならそれを果たしなよ。私は解決策を提示した。後はそれを実行するだけでしょ?」

「……」

「それが出来ないって言うなら『こっくりさん』に限らず、そういうオカルトを心から信じてる人間ってのは案外少ない。だから別に君の友達がおかしくなったのは自分のせいじゃないって考えても良いと思うよ? 色んな偶然とか環境が重なって、たまたま時期が合致しただけって考えて、自分には何の責任もないって思ってもいい。オカルトを裁く法律なんて存在しないんだからさ。ね、おっちゃん」


 奏は事態を静観していた音葉に同意を求める。

 こんな小学生を苛めるような物言いを音葉が静観しているのは奏にとっても意外だったというのもある。

 本心からの言葉だが、それを言い切る前に音葉なら止めるだろう、と思っていたからだ。だからといって言った事を悔やむつもりも撤回するつもりも奏にはないが。

 まだまだ友人を理解できていなかったな、と奏は内心で呟いた。

 そんな奏の内心を知らず、音葉が答える。


「そういったオカルト絡みで脅迫罪が成立した判例もありますが、奏さんの言う通りです。オカルトを裁く法律はありません」


 これまでに得た知識、都市伝説フォーク・ロアと関わった後で得た知識。それを思い返しながら音葉が肯定する。

 今回の場合なら脅迫罪に引っかかる事もないだろう。けれど、と一度言葉を切って、音葉は続けた。


「法律で罪にならなくても、悪い事は悪い事です。罪にならない悪事を裁けるのは、償う事が出来るのは、自分だけです」

「……」


 奏の解決策を肯定する音葉に、そらは黙り込む。

 葛藤があるのだろう。罪をなかった事にするかどうか、ではない。

 どうやって友人の両親を説得するか、という新たな問題に対する葛藤が。恐らく三原そらという少女はそういう子だと、音葉も奏も感じていた。


「ですが」

「……?」


 僅かな沈黙を挟んでさらに続く言葉。

 少し困ったような表情で申し訳なさそうに、音葉は提案した。


「……あまり神社を頼る、というのはお勧めしたくありません。私たちに出来るなら、私たちで解決すべきだと思います」




 ◇                     ◇




「『こっくりさん』のルールを破った場合、もしくは『こっくりさん』が離れなかった場合、その時参加者全員が取り憑かれる。取り憑かれた後は奇行に走って最後には他人を殺したり、自殺したりする……っていうのが『こっくりさん』のオチ」


 改めて奏は『こっくりさん』の概要を述べた。

 神社に行きたくないというそらの意見と神社には頼るべきではないという音葉の意見。

 その双方を尊重し、結果、音葉たち三人はそらの自宅へと移動した。

 両親は共働きで帰りが遅く、少なくとも帰りの電車が残っている間は帰って来ないというそらの言葉に甘えた結果だ。


「オチ、って言っても『こっくりさん』の場合は物語形式で広まった都市伝説フォークロアじゃないけどね。実は私が『怪人アンサー』を創作した時に参考にしたのもこれ。身近で手近、その方が広まりやすいと思ったからね。余談だけど」

「……『怪人アンサー』?」

「ありゃ、知らなかったか。やっぱりまだまだ知名度は高くないのかな。実際に都市伝説フォークロア化するラインってのは分からないけど……ま、いいや」


 そらの反応に肩を竦め、奏は視線を音葉に向けた。

 視線の先では音葉が紙に向かって一心不乱に筆ペンで何かを書き記している。

 その様子を苦笑して暫く見守った後、音葉の名を呼ぶ。


「おっちゃん、準備は出来た?」

「あ、はい。お待たせしてすいません」


 緊張した面持ちで音葉が頷き、居住まいを正してそらの前に正座した。


「全員が取り憑かれると言っても、『こっくりさん』自体は複数の霊を呼び出すものじゃない。儀式の場を整え、硬貨という依代に一体の霊を降ろす交霊術。科学的解釈だと動いているのは参加者の指だけれど、オカルト的に見れば依代になった硬貨の動きに指が引っ張られているんだ」

「でも……ならどうして他のみんなが一緒におかしくなっちゃうの?」

「分霊、ですか」


 そらの疑問に答えたのは音葉の方だった。オカルトを忌避していた音葉が答えたのは意外だったが、それほど専門的な知識でもない。


「そう。神道では自然や祖霊、死んだ者、怨霊すら神として敬う多神教。海外では馴染みが薄いけど、日本では昔からある考え方だ。それに則れば『こっくりさん』も神様。そして神様は分霊として無限に分ける事が出来る」

「……?」

「ほら、稲荷神社なんて同じ地域にだっていくつもあるだろう? あれだってほとんどは一つの同じ神様だ。そういう考え方、性質も含めて八百万やおよろずの神なんて言うんだだけど、まあ深く理解しようとしなくてもいい。やっぱあれだね、理系のさがかな。私ってば説明長すぎ?」


 理解出来ていない様子で首を傾げるそらに、今度は自分に苦笑して結論へと繋げる。


「無限に分かれた分霊は元の神様と同じ働きをするし、いくら分けても元の神様の力が弱まる事はない。むしろ信仰が集まる分、強くなるぐらいだ。けれど、元となった神様自身に影響があった場合はその限りじゃない。結局は分身だからね。さて、それを『こっくりさん』に当て嵌めた場合、どうなる?」

「……その十円が、『こっくりさん』の本体……?」


 奏が意味ありげに取り出した十円硬貨を見て、そらが自信なさげに口にする。


「本体とは少し違う。『こっくりさん』が離れた今、これはもうただの十円だ。けど、君が持てばこの硬貨は意味を持つ。依代に使った硬貨をいつまでも持っていると不幸になる……つまり君が持てばこれは、もう一度『こっくりさん』と君を繋ぐ依代になる」


 奏の言葉にそらは唾を飲み込む。

 そらの脳裏に過ぎるのは友人たちの異様な姿。その硬貨を再び手にするという事は、それと同じになってしまう可能性、危険を伴うという事。


「……それで、私はどうすればいいの」


 震える腕を押さえつけ、気丈な態度でそらは尋ねた。

 その様子を見て奏は笑い、指示を告げる。


「別に何も」

「え?」

「ただそこで座って、じっとしてればいいよ」


 予想もしていなかった言葉に奏を見つめるが奏の表情は変わらない。ならば、と目の前に座る音葉の表情を窺う。


「大丈夫ですよ。練習もばっちりですから、少しくすぐったいかもしれませんが、それは我慢してください」


 都市伝説フォークロアには対抗神話カウンターロア

 『こっくりさん』には『五芒星』。

 決して間違っていない、正しい選択。

 だが正しい行動が正しい結末へと繋がるとは限らない。

 それをまだ、彼女たちは知らなかった。

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