第21話 湯浴み

 1日で500万の取り分。懲役金の残りは2億8300万ゴールド。……釈放は遠い。


 だが今までより遥かにいいペースだ。人死にに感謝するほど擦れちゃいないが、頭数が少ない小隊ってのはいい。


 オギカワ砦からジェリスヒルに戻って数日。


 ヨカゼ・トウドウは真夜中過ぎに風呂場にいた。囚人街に設置された共同浴場には20人近くが入れる大浴場と数人規模のサイズの個室風呂がいくつも用意されてる。彼は周りと外れた時間に個室風呂を貸し切って入るのが習慣だった。


 囚人街の隣接区は一大鍛冶ギルドであり、昼夜問わず燃料、魔法と駆使して火が焚かれている。そこから引かれた熱導管を巡らせた都市は湯にも困らず囚人たちにも清潔を保つ恩恵が与えられていた。


 風呂につかり半身しか見えないが彼は無駄な肉は付けず引き締まり、細身ではあるが筋肉の部位それぞれが目で見分けがつくような鍛え方だ。ただ心臓の上にある獣に引き裂かれたような痣は、このような場所であっても彼が罪人であると間違いなく知らせている。


 鍛え上げた体に褒美を与えるように弛緩させ目を閉じていた彼だが、不意に他人の気配を感じ取り表情を戻した。


「予約札が見えなかったのか?今は俺の時間だ」


 その気配は無視してずかずかと浴室に入ってきた。


「だから来たのよ。ここなら1対1でお互い丸腰だから」


 女。肩に少しかかる赤毛に、浴布で体を包んではいるがどこの劇場でも踊り子を務められそうなスタイルと美貌。顔見知りなようで相手が分かればそれ以上の追及はせず、女もこれまた無遠慮にぱしゃんと浴槽につかる。「熱いの好きなのね」といい気なものだ。


「情報屋に渡す話は別に持ってない」やれやれといった様子でヨカゼは問われる前に答えた。


「いえ持ってるわ。あなたの新しい飼い主の女騎士。初任務で荒稼ぎしてきたって話じゃない。どんな人?」


 赤毛の情報屋らしい女は自分の髪を撫でる。ヨカゼはどう反応すべきか迷うように動かなかったが、数秒かけた後「代わりに何を?」と代償を求めた。


「あなたの欲しいものを」


 ずいとヨカゼの顔に詰め寄る。浴布がはだけぬよう抑えて近づくその仕草の妖艶さに加え、それに似合いの蜜を備えた生花のような匂いも鼻に届くが、興味もないといった態度で目を閉じ、首を傾ける。


「あらつれない。……オギカワ砦周辺の戦闘記録書。脱衣場に置いたわ」赤毛はそう耳元で浴槽の逆側へ戻った。


「……別にただの新兵だ。未熟で半べそ。ミスリルの装備だったし家柄と財産は良いようだが」彼は桶で一度頭に湯をぶっかけると、代償に納得したようで話し出した。


「特別な能力は?」


「見当たらなかったな。オークに食い殺されそうでも使わなかった隠し玉があるなら別だが」


「ふうん。ただの新兵。……じゃあ守ってあげなくちゃね。あの盗賊の斧使いさんはもう釈放されたわよ。アイナ・コーエンの抱える刑軍は早くも貴方一人しかいなくなった」


「守ったさ」


「遠征先でじゃないわ、ここでよ。新兵にパワーゲームが出来る?」


「連れてきた部下がいるだろ。腕もそれなりだった」


「剣はでしょ。政治は?」


 ヨカゼはその問いには答えなかった。決めかねているのか、女に教えたくない判断をしているのかは分からないが。その態度を見て「優柔不断はモテないわよ」と言い含めて女は立ち上がり浴室を出て行った。

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