7話

  ◆◇◆◇◆◇◆◇


 塾を終えた慧は、市内の本屋に立ち寄っていた。


 時刻は九時になろうとしている。外はすっかり暗くなっており、家路につく社会人の姿が沢山見えた。


 バスの出発まで三〇分近くあるため、慧は塾が終わると、近くの大型書店で時間を潰すのが日課だった。


 参考書をざっと見て回り、ライトノベルの棚の横を通り過ぎ、ミステリ小説の棚の前で足を止める。


 新刊をチェックし、気になる一冊を手に取る。帯の内容をチェックし、裏表紙のあらすじに目を通す。


「…………」


 小さく息を吐き出した慧は、本を元の場所に戻すと、雑誌コーナーへ向かった。そこで、男性向けのファッション雑誌を手に取る。


「…………」


 ページを捲ると、着飾った読者モデルの姿があった。シンプルな服を着こなしている。スラリと伸びた手足に、甘いマスク。同性が見ても、カッコイイと思ってしまう。服のブランド名などが書かれていたが、同じ物を身につけた所で、彼等のように上手に着こなしはできないだろう。


 今まで、慧はあまり服装に頓着していなかった。見た目や品質よりも、値段を重視していた。それは、一人で遊ぶ相手が同性の友人だからだ。わざわざ着飾る必要もない。だけど、今は違う。


 自分にはもったいないほどの、可愛い彼女ができた。


 もし、二人で街を歩いたとき、絶対に慧が見劣りしてしまう。他人から自分が笑われるのは構わないが、その事で美緒に恥ずかしい思いをして欲しくない。


 少しでも、美緒に相応しい男性になるため、慧は今まで見たことのないファッション誌を見ているのだ。


 慧は夢中になって雑誌を読む。


 隣に男性が立った。彼は、慧の読んでいる雑誌を脇から覗き込む。手元が暗くなり、慧は彼の存在に注意を向けた。


「よっ!」


 慧を見て、彼は笑った。


「あっ! 那由多君?」


 彼、黛那由多は慧を見て笑みを浮かべた。


 白いカチューシャで、長い髪を後ろに流した美男子。丁度、慧が読んでいる雑誌に出てきそうな、お洒落な青年だ。


 彼も制服姿だったが、ブレザーのボタンは全て外され、シャツも第二ボタンまで外れていて、ラフな格好だった。


「珍しいな、こういう本を読むタイプだっけ?」


 那由多は慧が読んでいる本を見て、口の端を上げる。どうやら、彼は全てお見通しのようだ。


「あの、それが、うん……。彼女ができてさ。それで、ね」


「ホントに? 慧、彼女が出来たの?」


 声は那由多とは反対側、慧の左手側から聞こえてきた。


「え?」


 驚いて左手側を見ると、見知った女性が立っていた。


「夕貴? どうてここに? 那由多君もそうだし」


 彼女は茂(も)木(ぎ)夕(ゆう)貴(き)。慧の幼馴染みだ。丸い顔に少し茶色い髪のボブ。身長は女性にしては高く、慧と同じくらいだ。美緒の様にスタイルが良いタイプではなく、少し小太りな女子高生だ。快活でおしゃべり好きな所は、慧とは正反対だ。


 自然と、慧は那由多と夕貴に挟まれる形になる。二人は、面白そうに肩と肩を合わせるように身を寄せてきて、慧の手にする雑誌を見る。


「ん? 俺たちは偶々そこで会ってさ。バスの時間まで時間を潰してるってワケ」


「そ、私はバイト帰りなんだ。慧は、塾の帰りでしょう?」


「うん、まあね」


 那由多も夕貴も、同じ地元だ。那由多は中学は一緒だったが、今は別の高校に通っている。夕貴は保育園、小学校、中学校、そして高校も一緒だ。


「茂木、そんなに驚く事かよ? 慧の地顔はそれなりに良いんだぜ? 彼女の一人や二人、出来たっておかしくないだろう?」


「一人二人って、彼女は一人が良いに決まっているでしょう? 那由多じゃないんだから。でも、驚き。慧って、私と違って、『超』が付くほど奥手でしょう? 誰をどうやって射止めたのよ? 私、健介からも、ななからも、何も聞いてないんだけど」


 仲間はずれにされたと思ったのか、夕貴はぷくっと頬を膨らませる。その様はまるで河豚だ。

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