6話

「ん? 花言葉はナニ?」


「え、え~と……。忘れちゃった、ゴメンね。今度調べてみるよ」


「?」


 曖昧な笑みを浮かべた慧は、話を逸らす。


「美緒さん、この間のテストはどうだった?」


「テスト?」


 美緒はしまったとばかりに渋面を浮かべる。慧から視線を逸らし、特大の溜息を吐き出す。


「……悪かった。もの凄く。慧君は?」


「僕? そこそこ」


「そこそこって? どのくらい? 真ん中くらい?」


「全校で五位だったよ」


「ご、五位? え? 慧君って、そんなに頭良いの? 確か、うちの高校進学校だよね? そこそこ頭も良いよね?」


「まあ、そこそこ良いかな? でも、美緒さんも同じ高校に通っているんだから。それほど凄いことでもないよ」


「凄いよ! 私なんて、下から数えた方が早いんだよ? だから、今回だって罰ゲームで苦労したんだし」


「罰ゲーム?」


 今度は、美緒が口を押さえた。


「ううん、なんでもない。慧君には関係のない罰ゲーム……」


「そっか。楽しそうだね、美緒さんの友達って」


「……そんな事ないよ。勉強できない落ちこぼれが、集まって傷を舐めているだけよ」


「そうなの? じゃあさ、期末テストは僕と一緒に頑張ってみようよ。一緒に勉強してみようよ」


「え? 私は嬉しいけど、慧君の邪魔にならないかな?」


「まさか! 僕は大歓迎だよ。復習にもなるし」


「本当に? じゃ、佐藤慧先生にお願いしようかな」


「うん、任せといてよ」


「やった、少し嬉しいかも。ねえ、慧君、慧君が休み時間に読んでるのって、参考書? もしかすると、ずっと勉強しているの?」


 美緒の質問に、慧は笑う。確かに、休み時間など、少しでも時間が空くときは、本を読んでいる。友人達は皆スマホを弄っているが、慧はできるだけ本を読むことにしていた。


「ううん、小説だよ。そんなに真面目な文芸とかじゃなくて、少しファンタジーよりの作品。『無限の海』っていうタイトル。主人公が漁師なんだけど、色々あって海賊になるって言う、大航海時代をテーマにした作品なんだ」


「無限の海……。なんか、聞いたことがあるような」


「最近、ネットでも話題になっている作品だから、タイトルくらいは見たことがあるかもね。作品自体はずっと昔から連載していて、先週、十二巻が発売されたんだよ」


「へ~。慧君、小説を読んでいるからかな、よく知っているよね。さっきのアガパンサス? 花の名前なんて、本当に好きな人しか知らないんじゃない?」


 言われ、慧は照れたように笑う。


「たまたま知っていただけだよ。そんなに、不思議がることじゃないって」


「そうかしら? ねえ、この花は?」


 歩きながら、美緒は別の家の庭先にある花を指さす。


 中心が黄色く、花弁は赤、白、黄色が縦に入っている不思議な花だ。


「それはガザニア」


「だから、なんで知ってるのよ! もう、本当に物知りね、慧君は」


「偶々知っているだけだよ。美緒さんは、本は読まないの?」


「私? 私はたまに漫画を読むくらいかな。慧君みたいに、小説は読んだことないよ」


「僕だって漫画は読むよ。美緒さんは、どんな漫画を読むの?」


「『リロード』っていう、少年漫画なんだけど。余り、メジャーじゃないから分からないかも」


「知ってるよ。『神里永治』のでしょう? 実は、僕も読んでるんだ」


「嘘!」


 美緒は歓声を上げる。笑みを浮かべ、美緒は慧の肘辺りを掴んできた。


「本当に読んでいるの?」


「読んでいるよ。銃を細かく解説しているし、背景の書き込みとかも凄いよね。僕は、主人公が出ているシーンよりも、親友のルイスがメインで出てくる話が好きかな。面白いし」


「分かる! 私とおんなじだ! ルイスって、面白いし強いし、二枚目だけど、私大好きなの!」


「だよね! クールな主人公とは対称的な、二枚目でおちゃらけた兄さん的なポジション、良いよね」


 慧の言葉に、美緒は笑顔で頷いてくれる。


「でも、本当に驚いた。慧君って、私と意外と趣味が合うのかもね」


「そうだね、『リロード』の話ができたの、美緒さんが初めてだったよ。やっと、語り合える人を見つけた」


 これは、素直に慧も嬉しかった。マイナーな月刊誌で連載されている『リロード』は、知名度の低さもさることながら、ミリタリーものであるため、共感できる人が極端に少ない。一部のコアなファンからは絶賛されているが、どれもネットの向こうの人ばかり。こうして、話ができるのは美緒が初めてだった。


「ねえ、美緒さん」


 慧は意を決して美緒に尋ねる。


 美緒は、「なぁに?」と、小首を傾げる。


 丁度、丁字路に差し掛かった所。塾があるため、此処で慧はバスに乗る。美緒はどうするのだろうか。


「今度の土曜日、もし良かったら……、その、デート、しないかな?」


「え?」


 美緒が驚きの表情を浮かべる。


 視線を宙に惑わせ、「えっと」と、言葉を探す。


「もしかして、用事がある?」


「えっと、あの、……うん。ゴメン、慧君。土曜日は、ダメなんだ。毎週、どうしても外せない用事があって……」


 申し訳なさそうに美緒は頷く。


 気まずい空気が流れ始めた所で、慧は努めて明るい声を出した。


「いや、なんでもない。気にしないでよ。美緒さんも色々忙しいだろうし。また、今度遊ぼう」


「……うん」


 美緒は頷いた。


「僕は塾に行かなきゃだから、ここでバスに乗るけど。美緒さんは?」


「私は、駅から電車だよ。慧君だって、普段はそうでしょう?」


「それもそうか」


 慧もそうだが、美緒も同じ中学出身だ。家はさほど近くないが、変える方向として大体同じだ。慧達が住んでいる街は、ここから電車で二駅ほど行った所だ。慧は、バスに乗って市内の進学塾で夜まで勉強だ。


「それじゃあ、慧君。勉強頑張って。次のテスト、教えてくれる約束、忘れないでね」


「もちろんだよ。先生役だからね、頑張るよ」


「うん、期待している」


 バスが来た。


 美緒の笑顔に手を振りながら、慧はバスに乗り込んだ。バスが出発し、慧は振り返ると、美緒は背を向けて駅に向かって歩き始めた所だった。

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