4話

 あの時、慧は照れていた。喜んでいたのだろうか。だとしたら、悪い事をした。克巳は楽しんでいたが、美緒は乗り気ではなかった。まあ、慧には夏祭まで良い彼氏を演じてもらい、適当な理由を付けて分かれれば問題ないだろう。


「…………」


 今朝、学校に来るときは少しドキドキした。嫌いだった学校に行くのが、あまり苦ではなかった。ただ、教室に入るとき、手が震えてドアが開けられなかった。


 慧とどんな顔をして会えば良いのだろうか。


 笑えば良いのだろうか、それとも、真顔で入って、後でこっそり挨拶をすれば良いのだろうか。


 逡巡したが、結局最適解を見つけられなかった。


「鹿島さん、どうしたの?」


 通りがかったクラスメイトが、美緒の開けられなかったドアを容易く開けて、入っていく。


「ううん、なんでもないの」


 愛想笑いを浮かべ、美緒も後に続いた。


 真っ先に、視線は慧を探した。すでに、彼は学校に来ていた。俯いて本を読んでいるようだったが、コクコクと船を漕いでいる。少し眠そうな感じがした。


 何故か、少しだけ残念な気分になった。


 美緒はクラスメイトに挨拶をしながら、席に着いた。


 そろそろお昼を迎えると言うのに、結局、まだ挨拶も出来ていない。


 休み時間になれば、慧は友人と話しているし、授業中は脇見をせずに教科書とホワイトボードに目を走らせている。慧はこちらを見ようともしない。


 もしかすると、私が逆に騙された?


 そう思ってしまうほど、慧の日常に変化は見られない。


 まあ、慧を意識して見始めたのは、今日が初めてだったが。


 三限目の終了を告げるチャイムが鳴った。


 美緒は机にシャーペンを投げ、背もたれに体を預ける。


「ふぅ……」


 勉強を怠っていた分、授業について行けない。


 今更どうこうしようという気も起きないが、一時間近く理解不可能な言葉と数式を見続けるのは苦痛だ。


 カバンからペットボトルのお茶を取り出した美緒は、一口飲み気分転換する。


「美緒美緒!」


 詩織が嬉しそうに掛けてくる。


「ん? なぁに?」


 詩織は軽い足取りでジャンプして、美緒の机にお尻を乗せる。


 ふわりと、香水とファンデーションの香りが漂ってくる。もちろん、校則違反だが、詩織はそんなもの何処吹く風だ。彼女にとって校則は、母親の小言程度の意味合いしかないのかもしれない。


「見てたわよぉ~! 授業中、ずっとカレシの事見てたでしょう?」


「カレシ?」


 眉間に皺を寄せ、声を潜めて美緒は嘯(うそぶ)く。


「隠したってダ~メ、佐藤の事、ずっと見てたでしょう?」


「そう? 特に気にしてなかったけど?」


 ニンマリと笑う詩織は、ぐいっと顔を耳元に近づけてくる。


「やっぱり、嘘でも恋人同士になると情がわくのかしら?」


「だから、そんなんじゃないって!」


 笑いながら、美緒は詩織の肩を叩いた。


「私があんな地味な子、好きになると思う? なるわけないじゃない」


 笑いながら、美緒は否定する。


「それよりさ、昨日ネットで面白い動画見つけたんだけどさ」


 美緒は強引に話を逸らすが、視界の隅には読書をする慧の姿を捉えていた。

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