【書籍版】鍛冶屋ではじめる異世界スローライフ/たままる
カドカワBOOKS公式
第1話 勇者と魔王
魔族の支配する魔界の最深部にその城はある。
それはもちろん魔族の王、魔王の城。
その更に一番奥、つまるところ魔王の玉座の間にて、二人は対峙している。
片や、やや細身なれども芯の強さを窺わせる眉目秀麗な青年。白銀の甲冑を着込んでおり、その手にはやはり白銀の長剣を構えている。世に言うところの〝勇者〞と呼ばれる存在である。
もう一方は容姿端麗な婦人であるが、その頭には羊のような角が生えており、禍々しい雰囲気のローブを纏っていた。手には黒い剣身の細剣。こちらはこの城の主、魔王その人である。
二人は一言も言葉を交わすことなく、剣を合わせる。
勢いよく振りかぶり切りかかった勇者の剣を、魔王は躱さずに剣で受け止める。並の剣であれば剣ごと真っ二つになっていたであろう、と思わせるほどに力強い一撃。
勇者の剣と比較して魔王の剣はかなり細身だが、その剣身の太さの違いを感じさせることもなく、魔王の剣は耐える。
二人は飛び退り、再び剣を合わせる。
今度は魔王の突きを勇者が剣身の横腹で受け止める。
並の剣であれば、剣身ごと貫かれていた、と思わせるほどにその突きは鋭い。しかし、勇者の剣はやすやすと受け止めている。
何度か剣を合わせていくが、両名とも自分の得物を信頼しきった動きである。
そうしているうち、二人の顔には困惑の色が浮かび始める。互いの立場を考えれば、その得物がともすれば神代より伝わる特級品であろうことは想定済みではあった。
だが、逆に言えばそれだけの業物同士でこれだけ打ち合って耐久できるのはあまりにもおかしい。完全に限度を超えている。
その困惑は互いに伝わり、やがてどちらからともなく剣を下ろす。
「魔王よ、今更ながらつかぬことを聞く」
「うむ、よい。勇者よ、それはおそらく我も聞きたいことであるゆえ」
「では、問おう。その剣を打ったのは誰だ」
「やはりか。我もその剣を打ったのが誰かを知りたい」
「ではやはり?」
「うむ、お主の想像している人物で間違いない。あの偏屈な鍛冶屋の手になる作だ」
そう言うと、魔王は剣を鞘に収め、その柄頭を勇者に向けた。そこには太めの猫が座る姿が刻印されている。
「やはりそうか、あのオッさんめ……」
勇者もそう言いながら、鞘に収めた自分の剣の柄頭を魔王に向けた。そこには、魔王のものと同じ刻印が施されている。
魔王はそれを見て、深いため息をつく。
「おそらくこうなることを見越して、双方に対して剣を打ったのであろうよ。全く食えぬ輩よな」
「これ以上やりあうのは全くの無駄だな」
「うむ。どちらかの体力が尽きれば、ということではあるが……」
「これまでで分かった。アンタと俺じゃ互角だ」
「で、あろうな。それでどちらかが勝利を得たとしても、その後、疲れ果てたほうが討ち取られる。意味はなかろう」
「では、答えは一つだな」
「相分かった。少なくとも我かお主の代では休戦することを誓おう」
「あのオヤジにも伝えておくが、いいな?」
「うむ。アレに伝えて互いに不興を買わぬようにするのが、最大の抑止となろう。どちらかがあの堅物の気を害して、相手側に肩入れされるのが一番困るからな。構わぬ」
「では、そのようにさせてもらう。何かで会うこともあるだろうが、それまではさらばだ」
「承知した。さて、我も触れを出す準備をせねばな……」
そうして二人は互いに反対側を向いてその場を去る。最初に対峙した時の張り詰めた空気が、遠い過去の出来事であるかのように消え去った中、何もかもが対照的な二人は、同じ微笑みで同じ人物の顔を思い浮かべている。
一見するとなんということのない、幾らかの歳を重ねた男の顔を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます