第175話 めいそう(朔良)

 むかしむかしあるところで、おじいさんとおばあさんの変死体が見つかりました。

 おじいさんは山で、おばあさんは川で死んでいたのです。

 一体なにが起こったのでしょうか。

 事の発端は数年前にまで遡ります。


「――と、いう感じの作品作ってみようと思うんすけど、どうっすか?」

「……なんかすげー内容だな……」


 部活が終わった帰り道。もうすっかり暗くなってしまった廊下を歩いていると、葉奈が突然変なことを言い始めた。

 今日は珍しく、二人しか部室にいなかった。


「インパクトすごすぎるだろ……」


 文体や言葉選びは子ども向けっぽく見えるが、変死体とか物騒な言葉も混ざっている。

 葉奈は童話作家も目指しているのだと、前に聞いたことがある。

 多才なやつだなと、朔良は妬ましく思いながら話を聞く。


「童話とかもインパクトあった方がいいと思うんすよねー。昔話は結構悲惨なものが多いっすけど、今は子ども用にマイルドに変換してたりするんす。けど、やっぱりそれじゃ今の世の中やってけねぇっすよ!」

「それはお前の見解だろ……」

「そうっすけども!」


 言いたいことはわからなくもないが、葉奈が目指しているのは『童話作家』で『変人作家』ではないだろう。

 そもそも、童話は子ども向けだ。

 こんな内容では出版するのは厳しいだろうと朔良でもわかる。

 でも、葉奈は折れるつもりはないらしい。


「いいんす! うちはうちのやり方で荒波を乗り切ってやるんすから!」


 元気なのはいいことだが、方向性がおかしい気がするのは気のせいだろうか。

 朔良はもう、葉奈のノリについていけなくなった。

 ……いや、ついていけたことなんて一度もない気がするが。


 下駄箱につき、靴を履き替える。

 その時、葉奈の視線がギラついた気がした。

 朔良が認識できたのはそこまでで、あとはなにが起こったのか理解するのがやっとだった。


「朔良……」


 ――壁ドンされている。

 いや、正確には壁じゃないから壁ドンではないのだけど。

 それはどうでもいい。


 いつもと違う、葉奈の真剣な顔。

 それが間近にあるだけで、朔良の心臓は勢いよく脈打った。


「……葉奈」

「下駄箱から始まる恋! ってのも、よさそうっすね!」

「……はい……?」

「うおおー! なんかみなぎってくるっすー!」


 葉奈が真剣に見ていたのは、朔良じゃなくて下駄箱だった。

 朔良は不覚にもドキドキしてしまった自分を殴りたかった。

 でもまずは……


「ん? 朔良どうし――って、なんか殺気が見えるっす!?」

「ほう。すげーなお前。そんなすげーお前は一発殴ってやる」

「どうしてっすか!?」


 葉奈を殴らなければ、朔良の気が収まらないのである。

 そのあと、葉奈はなんとか必死に逃げ延びたようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る