第142話 げきからめにゅー(朔良)

 学校から数分歩いたところにあるそのファミレスは、紫乃と葉奈の行きつけらしい。

 今回は葉奈と二人だけでテーブル席に着く。

 他のみんなは忙しいのか、それぞれ用事があったようだ。

 葉奈はそんなこと気にせず、メニュー表を手に取った。


「朔良、ここには超激辛メニューの“特盛りハバネロ地獄ラーメン”があるんすよ。汁まで全部食べれたらタダになるとか」

「へー」


 朔良は、そのメニュー表に記載された写真をじっと眺める。

 なかなかに真っ赤で、地獄の縮図のようだった。

 ……嫌な予感しかしない。


「マグマみたいっすよね。見るからにめっちゃ辛そうっす。――朔良、挑戦してみたくないっすか?」

「……は? なに言ってんだ。あたしが辛いものだめなの、お前ならよく知ってんだろ」


 まあ、予想通りというかなんと言うか。

 葉奈はそのメニューを見せて、朔良の反応を楽しみたかったようだ。

 さすがに嫌がってるのに頼みはしないだろうけど、やはり嫌な予感しかしない。

 イタズラが大好きな葉奈のことだ。きっとなにか企んでいるに違いない。


「ちぇっ、まあそうっすよね〜。朔良ノリよくないっすからね〜」

「……どんなこと言われても絶対食べないからな」

「ふむぅ……じゃ、うちが食べるっす!」

「…………はぁ!?」

 

 なにを言うかと思えば、激辛料理に自分が挑戦する?

 それはただの自殺行為だ。

 葉奈がこんなにもバカだとは思いもしなかった。


「お待たせしましたー。特盛りハバネロ地獄ラーメンでございます。ごゆっくりどうぞ」


 葉奈の注文したメニューは、最後に運ばれてきた。

 ウェイトレスは涼しい表情で、そのメニューをテーブルに置いていく。


「うっわ!」


 朔良はそれを見た瞬間、目を疑った。


「ま、まさかここまでとは……写真のより量多んじゃねーか?」

「で、でも、時間制限ないからこんなの余裕っすよ」

「いや、いくら辛いもの平気なお前でもこれはちょっと厳しいだろ……」


 なぜか自信満々な葉奈。

 なにか秘策でもあるのだろうか。


「もし失敗してもたった1000円だし安心っす」


 ……やはりバカなのかもしれない。

 そんなことなら、普通のメニューを頼めばいいのに。

 なぜ自らイバラの道を歩もうとするのか。


「そっ、それじゃ……い、いただきますっす!」


 こうなったら、もう後戻りはできない。

 おそるおそる箸で麺をつかみ取り、口の中へと運んだ。


「……あれ? 思ったより辛くないっすね。それにめっちゃ美味いっす! これならいけるかも――」


 葉奈は二口三口と、どんどんつかみ取って口に入れていく。

 ところが、七口目を食べた直後のこと。


「も、もう無理っす! 耐えられないっす!」


 葉奈は勢いよく立ち上がり、一目散にセルフサービスのドリンクコーナーへと向かった。

 オレンジジュースをコップ満タンまで入れて、ゴクゴクゴクゴクと勢いよく飲み干す。

 しかし、辛さはあとになってじわりと効いてきたのだ。


「まっ……まだからぁぁぁいっすぅぅぅ!」


 そしてもう一杯おかわりした。


「な、なんとか落ち着いたっす……」


 葉奈は涙を流しながら席へ戻ってきた。

 もうこんなことでは、食べ切るのは0%に近いのではないだろうか。

 白旗を上げてもいい頃だろう。


「そんなに辛かったのか?」


 心配だったので、一応そう尋ねてみる。

 だけど、葉奈の答えはもうわかりきっていた。

 その涙目が、すべてを物語っているから。


「無理、無理、無理、無理! 全部は絶対無理ーっす!」

「……だろうな……」


 葉奈は結局、その激辛料理を食べ切ることはできなかったようだ。

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