第140話 てすと5(朔良)

 二人は自動ドアを抜けて、ゲームセンターの店内へ足を踏み入れる。


「あれ? ゲームセンターってもっと暗い雰囲気だった気がするけど……結構オシャレだね」

「あたしもそれは思った。最近のはこんな感じなんじゃねーか?」


 美久里と朔良は店内をきょろきょろ見渡す。

 そこはゲームセンターと聞いて想像するような、薄暗い室内というわけではない。

 どちらかと言うと、子ども向けのゲームが多いように見えた。


「ここはファミリーや女の子向けみたいだな。あたしらみたいなゲーム初心者が遊びやすそうな場所ってことだ」

「ねぇ、朔良。私、あそこのクレーンゲームやりたい!」


 朔良の言っていることには取り合わず、美久里はやや興奮気味に言った。


「ったく、美久里はぬいぐるみが取りたいんだな?」

「うん、そう! あれ欲しい!」


 子どもみたいにはしゃぐ美久里に、朔良は保護者のような気分でそのゲーム機のところへと進んだ。

 クレーンゲームは、実に大小様々な物が置かれている。

 大きなぬいぐるみに小さなストラップ、お菓子の詰め合わせにアニメキャラのフィギュア……

 ファミリー向けみたいだが、クレーンゲームはしっかりと色々なジャンルが詰め込まれているみたいだ。


「あっ、あの狐のぬいぐるみかわいい! めちゃくちゃ欲しい!」


 お気に入りのものを見つけると、美久里はケースに手の平を張り付けて叫ぶ。


「美久里……あれは隅の方にあるし、他のぬいぐるみの間に少し埋もれてるぞ。難易度は相当高いと思うが……」

「大丈夫だよ!」


 朔良の心配する声をよそに、美久里は自信満々に答えた。

 コイン投入口に百円硬貨を入れ、押しボタンに両手を添える。


「美久里、頑張れよ!」

「よーし、絶対とるよ!」


 美久里は慎重にボタンを操作してクレーンを操り、目的のぬいぐるみの真上まで持っていくことができた。

 続いてクレーンを下げて、アームを広げる操作だ。


「あ、失敗しちゃった。もう一度……!」


 ぬいぐるみはアームの左側に触れたものの、つかみ上げることはできなかった。

 再度クレーンを下げようとしたところ、制限時間がいっぱいとなってしまった。


「もう一回っ!」


 美久里はもう一度お金を入れて、再チャレンジする。

 しかし、今回も失敗に終わる。


「今度こそ絶対とるよ!」


 この作業をさらに三度繰り返した。

 けれども一度もクレーンでつかみ上げることすらできず……


「わぁーん、朔良ぁぁぁ。あれとってぇぇぇぇ!」


 とうとう泣きだしてしまった。

 目当てのものを指差しながら、朔良に抱きつく。

 泣きつかれても、正直困る。

 朔良もゲームはあまり得意ではないのだ。


「んー、あー、まかせろ! 機械に食われた美久里のお小遣い500円のカタキ、あたしが討ったらぁ!」

「うわぁっ、ありがとう。朔良、いつも頼りにしてごめんね」

「いいっていいって」


 朔良は美久里の頭をそっと撫でる。

 こうしてみるとなんだか犬みたいで、朔良は思わずわしゃわしゃしたくなる気持ちをぐっと抑えた。


「朔良ってほんと優しいよね」

「そうか? あたしはそう思ったことねーけど……」


 そういう会話を終えたあと、朔良は頑張って一発で獲物を仕留めた。

 朔良がその獲物を渡したあとで、美久里が感極まってまた泣いてしまうまでがワンセットだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る