第130話 おもいで(美久里)

 美奈からお出かけしようと誘われ、電車で都会に向かっていた。

 それから20分ほど経った頃。


「あ、この駅、美奈と小学生の頃に一緒に来たことがあったよね。懐かしい〜!」

「そうだったっけ……? 忘れちゃった」


 美久里はホームの看板を眺めて嬉しそうに話す。しかし、美奈はあまり興味がなさそうに答える。

 冷たくあしらわれた美久里は、寂しそうに俯いた。

 だが、それも一瞬のこと。


「この駅で美奈が迷子になっちゃって、お母さんたちも必死に探してたな〜。それで、私が美奈の手を引いたらすっかり泣きやんだんだよね〜」

「ちょっ……! そういうこと言うのやめてよ! 恥ずかしいじゃん!」

「えー? だって覚えてないんでしょ?」

「覚えてなくても恥ずかしいものは恥ずかしいの!」


 美久里の疑問に、美奈は赤面しながら答える。

 子どもの頃の話なのに、どうしてそこまで恥ずかしがるのだろう。

 それほどまで迷子というのは恥ずかしいものなのだろうか。


 そうなると、美久里は今でも迷子になるから、相当恥ずかしいということになってしまう。

 方向音痴な自分を認めて受け入れている美久里だが、美奈から見ればそれは“恥ずかしい”らしい。


「そっかぁ……」

「え、なにその反応」


 美久里はひどく落胆し、大きなため息をついた。


「だって、子どもの頃の迷子でさえ恥ずかしいなら、私はもっと恥ずかしい人になっちゃうなって」

「ん? なんの話?」

「美奈は迷子になっちゃったことが恥ずかしいんでしょ?」

「違うけど」

「違うの!?」


 自分の考えをばっさり切り捨てられ、美久里は唖然とする。

 ならば一体、美奈はなにが恥ずかしいのだろう。

 美久里が首を傾げていると、美奈は諦めたようにため息をついて零す。


「いいよ、話すよ」


 その間、電車の扉が締まってゆっくりと発車する。

 もうその駅とはおさらばだ。

 少し悲しいが、美奈もその駅が見えるところで話すより見えなくなった方が楽だろう。

 そんな美久里の思考を認めるように、美奈の口は先ほどよりも軽くなった気がする。


「迷子になったこと自体より、迷子になって泣いちゃったことが恥ずかしいんだよ……大人たちにはジロジロ見られるし……」

「ふーん、そうなん……ん? 大人たちにジロジロってことは、迷子になったの覚えてるの?」

「あ」


 美奈はしまったという顔をするが、もう遅い。

 口が軽くなりすぎたようだ。


「え、覚えてるのになんで忘れたなんて言ったの!?」

「あー、もう! 恥ずかしいから忘れたかったんだよぉ!」


 美久里に迫られ、美奈は赤面しながら大声を出す。

 電車で大声を出す方が恥ずかしい気もするが、二人はそれどころではない。


「言えないよ……手を引いてもらえて嬉しかったなんて……」

「なんか言った? ってか、それよりも私悲しかったんだからね!?」

「あー、もう、しつこい!」


 今この瞬間、大人たちにジロジロ見られているが、二人の視界にそれは入っていなかった。

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