第115話 かんしゃ(萌花)

 今朝、萌花が足を滑らせて階段から落ちそうになったところを、朔良に助けられた。

 だけど朔良は何か用でもあったのか、「気をつけろよ」と言って萌花がお礼を言う暇もなく去ってしまったのだった。


 忙しい人に感謝の気持ちを伝えるならば、やはり手紙だろうか。

 萌花が手紙の内容に悩んでいると、いつの間にか昼休みになっていた。


「うーん……難しいなぁ……」

「萌花ちゃん、何してるの〜? また勉強?」


 そう言って、萌花の机を覗き込んできた紫乃。

 紫乃は萌花と一緒に弁当を食べようとしているのか、右手には弁当箱が握られている。


「いえ、姉御宛の手紙を書こうと思いまして。今朝お礼を言いそびれてしまったので……休み時間もずっと忙しなくて話しかけられませんでしたし……」

「なるほどね〜……」

「んー……一応こんな感じかな。ちょっと読んでみてくれませんか?」

「いいよ〜。えっと……」


『姉御へ


 いつもありがとうございます。

 今朝は助けていただき、感謝しています。

 姉御がいなければ、今頃私は大怪我をして大変な目に遭っていたと思います。

 本当に、感謝してもしきれません。このご恩は一生忘れません。


 萌花より』


「うーん……ちょっと堅苦しいような気もするけど〜……萌花ちゃんの気持ちはちゃんと伝わってくるよ〜」

「ほんとですか? それはよかった……」

「うん、渡してきなよ〜。せっかく書いたんだし〜」


 紫乃に背中を押され、萌花は覚悟を決める。

 といっても朔良は今ここにいないため、朔良の机の中に入れるしかないのだが。


「あー、でも……何か変なこと書いてないか不安です……」

「気にする必要ないんじゃないかな〜?  萌花ちゃんの『ありがとう』って気持ちはちゃんと伝わるはずだよ〜」

「そ、そうでしょうか……」


 萌花は慎重な性格のため、こうやってうじうじと悩んでしまうくせがある。

 だが、紫乃は笑顔で。


「萌花ちゃん、朔良ちゃんのこと大好きだもんね〜」

「なっ……!?」


 いつものようにのんびりとした調子でそんなことを言った。

 萌花は恥ずかしくなって、赤い顔で勢いよく朔良の机の中に手紙を放り込んだ。

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