第92話 あくしでんと(萌花)

 雪がしんしんと優しく降る頃。

 なぜか寒い風が吹く中で、外に出て弁当を食べている者たちが二名いる。


「わぁ~、今日も萌花ちゃんのお弁当綺麗だなぁ。ほんと完璧だよね〜」

「いえいえそんな……紫乃ちゃんは……以前よりリンゴをウサギ型にするのが上達していますね。とても可愛らしいです」

「やった〜! 今回のは自信あったんだよね~」


 萌花と紫乃は互いの弁当を褒め合うのが恒例となっており、萌花に至っては前回より良くなった点や気になる部分のアドバイスまでしている。

 紫乃は褒められた事を素直に喜び、自分のお弁当の中身を確認した。

 少し愛おしいような感情を萌花が抱いたところで、紫乃と目が合う。


「……萌花ちゃん?」

「ひゃいっ!? あっ、熱……っ!」


 突然呼び掛けられ、肩を跳ねさせる萌花。

 その拍子に持っていた魔法瓶の蓋を取り落とし、中身の緑茶が指に掛かってしまった。


「だ、大丈夫〜!? 火傷したら大変だよ〜!」


 掛かったのは指だけ。

 それもほんの少量で、残りは地面に吸われた。

 とはいえ、熱湯を浴びて赤くなった萌花の人差し指を見て慌てた紫乃は、逡巡の後……


「えっと〜……あむっ」

「ふぇっ!?」


 その指を、自身の小さな口に咥え込んだ。

 突然のことに思考が追い付かずフリーズした萌花をよそに、ぬらっとした感触が萌花の指を這い回る。

 むず痒さが背筋を伝い、萌花はようやく自分が何をされているのかを理解した。


「しっ、ししし紫乃ちゃん!? な、何を!?」

「ぷぁっ……何って、僕は油とかがハネて指に掛かっちゃった時はこうしてるけど〜」

「そ、それは色々と逆効果ですよ……」

「そうなの〜!? 知らなかった〜……ごめんね〜!」


 慌てた紫乃は即座に口を離したが、解放された指を見て危うい衝動が萌花の内に湧き起こる。

 振り払おうとした時、鋭い痛みが右手に走った。


「っつ……」


 その痛みに思わず顔を顰める萌花。

 見れば、お茶を被った部分が小さく水膨れのようになっている。

 やはり、すぐに冷やさなかったのがいけなかったらしい。


「萌花ちゃん?」

「……いえ、何でもありません。もう大丈夫です」


 紫乃の行動が裏目に出た、なんて事は口が裂けても言いたくなかった。

 無理に笑顔を作って答えると、紫乃は安堵の息を吐く。

 それから食事を終えるまでの間、萌花は指の痛みを堪えながら過ごしたのだった。

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