第84話 おおきさ(紫乃)

「トップ88……でしたらFカップですね」


 今から数分前。

 スタイルの良い美人な店員が、若干顔をひきつらせながら言ったのがこの言葉だった。


 店を出て、現在は紙袋を提げながら隣を歩く彼女……瑠衣の胸がまさかそんな凶器じみたものだったとは。


 確かにかなりでかいとは思っていたが……しかし。

 正確なサイズを知ると、今まで普通に見ていたものなのにも関わらず、普段よりもずっと圧倒的な威圧感があるような気もしてくる。


 紫乃のバストはAカップぐらい。

 そういう人間の運命として、過去に胸を大きくしようと試みたこともあった。


 お風呂の度にマッサージだの、胡散臭い成長塗り薬だの。

 やれることは全部やってみたが、効果があったことは一度もなかった。


 とにかく、胸に関してはろくな記憶がなかった。

 高校進学を機にバストアップの取り組みをスッパリと辞め、気にしないように生活していたのだが。


(サイズを数値として知った上で横で揺らされると、どうしても気になるよ〜……)


 流石にガン見し過ぎたのだろうか。

 瑠衣は頬を染め、腕で胸を隠した。

 ……隠しきれてないどころかむしろ、腕で押さえつけられたことで胸の主張は激しくなっていたが。


「し、しのにゃん……あまりじっと見られると、その……恥ずかしいにゃあ」

「瑠衣ちゃんって、普段何食べてるの〜?」

「えっ? 普段は……色々と、適当だけどにゃあ……」


 瑠衣と紫乃の胸の差。

 ロケットと崖。

 むちむちとペタペタ。


 それらは生まれ持ったものが9割として、残りの1割はきっと食べ物なのではないかと推測する。

 信憑性は不明だが、牛乳やキャベツが胸を大きくしてくれると聞いたこともあった。


「瑠衣ちゃんほどとはいかなくても、ほんのちょっとでも胸を大きくするには〜……やっぱ同じものを食べることが一番かなって〜」

「お、大きくしたいんだにゃ……でも、同じものにゃ?」

「うん〜。瑠衣ちゃんが普段食べてるものと同じものを食べれば、僕のもちょっとは成長するんじゃないかなって思ったんだ〜」

「そ、そうだにゃあ……うーん、いつも食べるものといえば……お豆腐とか枝豆とか、あと……」


 空を見上げて唸る瑠衣を……というより、そのたぷんとした胸を見ながら歩き続ける。

 あれでもないこれでもないと話しているうち、いつしか瑠衣の家の前まで来ていた。


「んー……結局思い付かなかったね〜」

「そうだにゃあ……あ! それなら……その……」


 胸を大きくする食べ物はまた明日にでも考えるか、もしくは寝てる間に諦めがつくだろう。

 そう思って瑠衣と別れようとしていたのだが。


「……あ、あの……!」


 瑠衣は紫乃の制服の袖を掴み、しきりに視線を動かしている。

 一体どうしたのかと思っていると。


「きょ、今日……うちでご飯食べていくかにゃ!?」


 随分大きな声での、しかも急なお誘いだった。

 だけど、紫乃としてはありがたかった。


 瑠衣が食べていながら、紫乃が食べていないもの。

 それを探すには、紫乃が瑠衣の食べているものを食べるのが一番手っ取り早いわけである。


「本当にいいの〜?」

「にゃ! 今日お買い物に付き合ってくれたお礼も兼ねてだしにゃ。それに——」


 瑠衣はゆっくりと一呼吸置いて。

 紫乃の顔を真っ直ぐに見上げながら、その温和な可愛らしい笑顔で言う。


「――しのにゃんのためになることをしたいんにゃよ!」


 これからご馳走になるご飯への期待だろうか。

 はたまた、何か別の要因だろうか。


「——あっ、いや……へ、変な言い方だったよにゃあ……にゃはは……」


 照れくさそうにしていながらも、いつも紫乃に見せている――否、紫乃を魅せている、優しくて柔らかいその笑顔に。


 トクン、と。


 小さくではあるが、しかし強く。

 ふわふわとしたこの感情が胸を打った……ような気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る