第83話 うんどう(朔良)

 真冬の冷たい風にさらされ、頬が紅く染まる。

 冬でも運動すれば温かくなるという人もいるだろうが、朔良はそういう気持ちになれなかった。


 つい数秒前……準備運動の最中は、氷のように冷たい風が頬をバシバシと叩いてきた。

 しかも、立ち止まった今でもその時感じていた冷たさが残ったままだ。


「はぁっ、はっ……し、死ぬ……寒くて暑い……気持ち悪い……」

「はい、温かいお茶をどうぞ」

「あ、ありがと……」


 どこにしまっていたのかわからないが、熱くて素手で触れないぐらいのペットボトルを萌花が手渡してくれる。

 遠慮なしに全て喉に流し込むと、身体の内側から温まって疲労がすーっと遠のいていった。


「——ぷはぁ! いやー……寒いのは嫌いだけど、やっぱ動くのは楽しいな」

「朔良は運動得意ですもんね。流石です」


 体育館の隅の方で文句を言っているほとんどの人と違い、朔良としては待ち焦がれていた縄跳びが行われていた。


「次は萌花が跳べよ。記録してやるから」

「あ、はい。お願いします」


 萌花の記録表を預かり、萌花から少し離れる。

 縄を持って真剣そうな表情の萌花を見ると、そういえば朔良は萌花の運動神経がどれくらいなのか知らないことに気づく。


 身体つきは綺麗だし、運動できそうなイメージは無いことはない。

 しかし、気になることがひとつ。


「はーい。じゃあ、スタート」


 朔良の掛け声で、萌花は完璧なタイミングで縄を回す。

 身体が小さいだけに、結構な速さで縄が回る。

 すごくいいペースを保っているため、前の記録を更新しそうなのだが。


(……まぁ、やっぱりそうなるよな)


 萌花が周囲の注目を集め始めていた。

 それは、「割と運動出来るんだな」という意外性からではないだろう。


 朔良が気になっていたことかつ、注目を集めている理由は単純だった。

 体力が尽きたのか、縄を回すのをやめて膝に手をついて息を整える萌花に歩み寄る。


「あのさ、萌花……」

「——はぁっ、はぁっ……な、なんですか……?」


 朔良の身体で萌花の身体を……というより、その馬鹿みたいなサイズの胸を周囲の視線から妨げながら。

 そして、どうしようもない敗北感を噛み締めながら。


「……お前、ちゃんと周りの目を考えて行動しろよ」

「なんのことですか!?」


 バルンバルンに激しく揺れていたもののことを伏せながら、萌花にそう伝えた。

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