第75話 やみ(瑠衣)

「あなたは一人じゃないよ」


 ――鬱陶しい。偽善者ぶったその顔が。


「私がいるから」


 ――ヒーロー気取り?


「そんなんじゃない! 私はただ……」


 そこで目が覚めた。

 ここはどこだろう。


 瑠衣は昨日までの記憶があやふやになっていた。

 精神が病んで、辛気臭いこの廃病院に着いたことは憶えているのだが……

 ふと顔を上げると、半袖半ズボンに身を包んだ少女が立っていた。


「朔良かにゃ……」

「おう、お前すっげぇうなされてたな」


 うなされてたのは、精神的に限界を迎えていたからだろう。

 そうでなきゃ、小学生がこんなところまで来ない。

 そのはず、なのだが……


「さくにゃんはなんでここにいるのにゃ?」


 精神的に限界を迎えていない朔良が、なぜここにいるのだろうか。

 もしかして、心の奥底では限界を迎えているのだろうか。


「そりゃ、決まってるだろ」


 そう言うと、朔良は瑠衣を抱きしめた。

 突然の出来事に、瑠衣は目を丸くすることしか出来ない。

 突然の温かい衝撃や自分が今されていること、朔良が……泣いていること。

 何一つわからなかった。


「……どうして、さくにゃんが泣いてるにゃ?」

「馬鹿っ! 心配したんだぞ……! お前が急にいなくなるから……!」

「だ、大丈夫だにゃあ……学校始まれば帰るつもりだったし……」

「そういう問題じゃねーだろ!」


 こうして話している間も、抱きしめることをやめようとしない朔良。

 それどころか、さらに強く抱きしめてくる。

 それ以上やられると首が絞められて死んでしまう。


「さ、さくにゃん……く、苦し……」


 瑠衣の苦しがっている声が聞こえないのか、未だにやめようとしない。

 これ以上は本当に危険だ。


「さくにゃん……ごめんにゃ……」

「ひゃうんっ!?」


 朔良の一番弱い首筋の部分を撫で、強制的に引き剥がした。


「何すんだ!」

「だ、だってさくにゃんが首絞めてくるから……!」


 弱い部分を攻められた朔良が怒るも、瑠衣がそう言うと、強い力で抱きしめていたことに気づいたらしい。

 そして、渋々「すまん……」と目を逸らしながらではあるが、謝ってくれた。


「……こちらこそ、心配かけてごめんにゃ。もうしないから、帰ろうにゃ」

「おう、約束だぞ。ぜってー破るなよ?」

「大丈夫にゃ! だって瑠衣――約束は絶対守るからにゃ!」


 先程まで病んでいたのが嘘のように晴れていく。

 それは朔良の太陽のような眩しさがそうさせるのだと思ったが、悔しいので今は言わないでおいた。

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