ハッピーバレンタイン

 今日はバレンタイン。

 本命と義理のチョコが飛び交う、チョコまみれの日。

 そんなチョコまみれの日に――事件が起こる。


 ☆ ☆ ☆


 学校が終わり、美久里は家に帰ろうとしていた。

 だが、下駄箱に――美久里の見知った人物が。


「あれ、朔良?」

「あ、美久里……待ってたぞ」


 その名は朔良。茶色に揺れる髪と、土のような茶色の目を輝かせている。

 美久里はそんな朔良の態度に、若干嫌な予感を感じながらも――


「そうなの……? 何の用?」


 ごく普通に、接することにした。

 起こっていないことを気にしていても仕方ない。

 そう思う美久里であった。


「あー……まあ……そんなに大した用じゃねーけど……」


 朔良がそう言うと、なにやらごそごそとカバンの中を漁り始めた。

 すると、そのカバンの中から『ハッピーバレンタイン』と書かれた小包が出てくる。


「これ……渡したくてさ……」

「え、これ……私に……?」


 朔良が美久里に、小包を渡す。

 美久里はそれを受け取り、大事そうにカバンの中にしまった。

 それをどこで見ていたのか、急に出てきたシスターが、朗らかな笑顔で話しかける。


「なるほど、今日はバレンタインデーですか。いいですね」

「えっ!? シスター!? いつからそこに!?」


 シスターの感心そうな声をかき消すように、美久里が叫ぶ。

 だが、大声を出したせいか――美久里は同級生からジロジロ見られている。

 美久里はその視線に気付き、恥ずかしそうに頬を染める。


「ううう……まさかクラスメイトにジロジロ見られることになるとは……」

「美久里さんの声が大きいからでは?」

「え、いや、それってシスターの――いえ、なんでもないです……」


 またもや大声を出しそうになった美久里だったが。

 人前であることを思い出し、我慢した。

 すると、朔良が――


「じゃあな、美久里。また明日……!」

「え、あ、うん! また明日ね!」


 そう言って、足早に帰っていく。

 美久里はどこかおかしさを感じながらも、早くこの場を離れたいがため、急いで家に帰ることにした。


 ☆ ☆ ☆


 「あ、あれ……? 萌花?」

 「え? 美久里ですか?」


 通学路のそばにある――夏には小さなお祭りが開かれるほど広いグラウンドのある公園に、萌花がいた。

 そこには普段、萌花はいないはずだが――


 萌花は待ってましたという顔で、美久里を見ている。


「ちょうど良かったです。これ、もらっていただけないでしょうか?」

「え……?」


 萌花はカバンの中から、高そうなチョコレートを美久里に手渡した。

 美久里は目を見開いて、チョコレートを見ている。


「こ、こんな高そうなの……もらっていいの……?」


 美久里はなんだか申し訳なくなってきて、返した方がいいのでは……と不安になる。

 しかし、萌花は――


「美久里にあげようと思って買ったんですから。気にしないでください」


 柔らかい、朗らかな笑みを浮かべる。

 美久里はそんな萌花の笑顔に、何も言えなくなった。


 すると、ベンチに座っていた萌花がおもむろに立ち上がる。


「じゃあもう帰りますね、美久里。また遊びましょう」

「え? もう帰っちゃうの?」


 萌花が言い放った言葉に、美久里がそう零す。

 だが、萌花は申し訳なさそうにしている。


「ごめんなさい。私ももう少し話していたいんですけど、このあと用事があって……」

「あ、そうなんだ……じゃあ仕方ないよね。また明日ね!」

「ええ、また明日です」


 そう言って、萌花は帰っていく。


 そして、美久里はまた帰路につく。


「なんだかもらってばかりだねぇ〜」

「うん、まあ……明日みんなにお返しするよ」


 最寄り駅に着いた時、実は迎えに来てくれていた美奈と遭遇していた。

 そんな美奈が美久里の隣に来て、そう言った。


 そして、川沿いの道を歩く。

 陽の光が川に反射して、眩しいぐらいに輝いている。


 そんな、目を奪われるような光景を横目に歩いていると――

 青色の髪と、緑色の髪を揺らして歩いている後ろ姿を捉えた。


「紫乃ちゃん!? 葉奈ちゃん!?」

「ん〜? あ、美久里ちゃんだ〜!」

「お? 美久里っすか?」


 美久里が駆け寄って声をかける。

 すると、二人は各々の反応を示した。


「二人ともどうしたの? 家、この辺じゃないよね?」


 そんな美久里の疑問に、紫乃が答える。


「実はね〜、美久里ちゃんに渡したいものがあって〜……」


 紫乃がそう言うと、葉奈と一緒にお菓子の詰め合わせを出す。


 美久里は、そんな豪華なものを前にして言葉が出なくなった。

 自分の顔と同じぐらいの大きさのものをもらい、わたわたと慌てる。


「こ、こんなにもらっていいの!? あ、あと……何も用意してなくてごめんね……」


 美久里はみんなにもらってばかりだったせいか、申し訳なくて謝った。

 だが、紫乃と葉奈はお互い顔を見合わせて笑う。

 その笑顔は――川に反射した光より、眩しかった。


「いや、いいよいいよ〜」

「だってうちら――美久里に喜んでもらいたくてやったことっすから」


 二人がそう言うと、美久里は堪えきれずに涙を流す。

 滝のように溢れ出るそれは、誰にも止められない。


 美久里は一度それを拭い、笑顔をつくる。


「二人とも……ありがとう!」


 そう言って、みんな嬉しそうに帰っていった。


 ☆ ☆ ☆


「あー、幸せだなぁ……」

「部屋に入って早々、どうしたの?」


 美久里は、自分の部屋の布団でくつろいでいる。

 その隣には――みんなからもらった、たくさんのお菓子がある。


「んー、なんて言うかさ……こんなに友達がいてくれて嬉しいな〜って思って」


 それを聞いて何を思ったか――美奈は普通の笑いを浮かべたような声で、


「そうだね……おねえが嬉しそうでよかったよ」


 と言った。

 そして、もう一言かけようとした時――


「――ふっ。友達なんてくだらないにゃ」

「なっ……? この声は――!?」


 ――どこからか、美久里を嘲笑う声が聞こえてくる。

 それは、美久里にとって聞き覚えのある声だった。

 その、声は――


「にゃはっ。瑠衣のこと覚えてるよにゃ?」

「……る、瑠衣ちゃん……」

「うんうん。覚えてくれてて嬉しいにゃ」


 ――瑠衣。朔良の昔ながらの友達らしい。

 そんな人が、どうしてここに……


 美久里が色々な考えを巡らせていると、


「にゃっ! こんなもんかにゃ!」

「――はぇ?」


 気づいたら――お菓子がどす黒いオーラを纏っていた。

 ……え、何これ……


 美久里は瞬時に飛び退き、お菓子から距離をとる。

 だが、その後金縛りにあったように――体が動かない。


「うっ……な、なにこれ……」

「にゃははっ。……ねぇ、こんなオーラを纏っていても、ちゃんと食べれるよにゃ? ――大切な友達からなんだもんにゃ?♡」

「へ……? あ……ちょっ……ひっ……ひぎゃあああ!!」


 ――…………


「――……っは。はぁ……はぁ……」

「ん? どうしたの? 顔色が悪いよ?」


 美久里が汗だくで目を覚ます。

 美久里の上には掛け布団。下には敷布団。


 その横には――首を傾げて、不思議そうにしている美奈の姿がある。


「……まさか、あれは……夢……?」


 俗に言う、夢オチというやつ……なのだろうか。

 ……だが、もう美久里は考えることをやめ、あれを“悪夢”と名付けることにした。


「はぁ……寝よ……」

「ちょっとおねえ!? 今日も学校があるんじゃ――ちょっ! おねえ!?」


 そして美久里はまた、深い眠りにつくのだった。

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