第64話 じけん(美久里)

 始まりはいつだって突然で。

 事の発端はいつだって些細で。

 真実はいつだってくだらないことだったりする。


「美久里ー! 部室行こうぜー!」

「あ、朔良。そうだね……!」


 いつも通りの夕方。いつも通りの日常。

 平和な毎日に、事件なんてものは起こらないと思っていた。

 それなのに、どうして。

 どうして、こんなことになってしまったのか。


「おーい、美久里ー! これがまじで面白いからさ、読んでみろよ」


 朔良が勧めてくれたのは、『まほなれ』のファンブック。

 まだ美久里が持っていないやつだ。


「おおー! いいね。ありがとう」


 美久里がそれを貰おうとしたその時。

 パキッという音が聞こえた。

 その音は、美久里がカバンにつけている『まほなれ』のキーホルダーから放たれたのだ。


「あ……」


 『まほなれ』のキーホルダーは、綺麗に真っ二つになっている。

 その原因は、朔良が持ってきたファンブックが勢い余ってキーホルダーに激突してしまったから。

 それに気づいた途端、美久里と朔良は同時に血の気が引いた。


「あ、そ、その……すまん……」

「……あぁ、結衣ちゃんの首と胴体が真っ二つに……」


 お祈りの時間が終わり、あとは部活に行くだけと思っていた時間帯。

 秋が終わりそうな、少し肌寒くなってきた季節。

 だが、まだ日は出ていて、その日差しは暖かい。

 それなのに、美久里と朔良の周辺だけは、氷点下になっているようだった。


「すまん、まじで。けど、悪気はないというか……事故というか……いや、ほんとにすまん!」

「……もう、いいよ。帰るね」

「は!? え、部活はどうすんだよ?」

「いつも駄弁ってるだけだし、行かなくてもいいでしょ……」


 明らかに、美久里のテンションは奈落の底に落ちている。

 必死で煮えたぎるマグマを抑えているように見えた。

 だから、朔良はもう何も言えなかった。


「じゃあね……」


 美久里は表情に影を落とし、そのまま教室を出ていく。

 朔良の不安そうな顔には、気づくことが出来ずに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る