第61話 よびかた(萌花)

 授業が終わり、放課後になる。

 萌花は教科書をカバンにしまい、教室を出ようとした時だった。


「あ、も、萌花ちゃん……! 待って!」


 振り向くと、美久里がものすごい勢いでこっちに来ていた。

 その行動に驚き、萌花は目を丸くしたまま固まる。

 だが、そんな萌花の様子を、美久里は意に介さず話を切り出す。


「よ、呼び止めちゃって……ごめんね。ど、どうしても、言っておきたいことが……あって……」


 美久里は目をあちこちに向け、落ち着きがない様子だった。

 脚をもじもじさせていて、今すぐトイレに行きたそうな様子に見える。


「いや、別にいいですけど……どうしたんですか?」


 萌花は急いでいないし、どこかへ行く用事もない。

 だから別に呼び止められても構わないのだが……

 なぜだか頬を高揚させて、自分の両手を忙しなく絡ませる美久里に。

 思わず訝しげな顔になってしまう。


「あ、あのね……その……結構一緒にいたじゃんね」

「そうですね。美久里ちゃんたちと一緒にいられて嬉しいですよ」

「あ、ありがとう……そ、それでね! もっと、友だちっぽくなりたくて……」

「ほう……?」


 友だちっぽく、とは具体的にどんな風なのだろう。

 手を繋ぐとか、食べさせ合いとかだろうか。

 ……いや、それは親友とかもっと深い仲に許されたものだな。


 ならば、美久里は一体何がしたいのだろう。

 今のままでも、充分友だちっぽいと思うのだが。


「だ、だから……その……ちゃん付けじゃなくて、も、“萌花”って、呼んでもいいかな!?」


 美久里が覚悟を決めたみたいで、急に前のめりになる。

 どんどん萌花に近づき、有無を言わさぬ圧を生み出す。

 そこまで必死にならなくてもいいのでは……


「え……う、嬉しいです! では、私も“美久里”って呼ばせてもらいますね!」


 美久里の形相に気圧されながらも、なんとか対応する。

 萌花も、そう呼びたいと思っていたのだ。

 呼び捨ての方が、親しい感じがするから。


「ありがとう……! あ、引き止めちゃってごめんね……また明日ね、萌花」

「いえ、大丈夫ですよ。また明日です、美久里」


 美久里も萌花も、満足そうに微笑みながら、帰りの挨拶を交わした。

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