第59話 てがみ(美久里)

 もっとも苦手な数学の時間。

 先生が何語で話しているのかすらわからないし、ただただ苦痛でしかない。

 苦しすぎて発狂しそうだ。


「ん?」


 いつの間にかノートの上にルーズリーフらしき紙が置かれていた。

 その紙は半分に折られていたので、中身を見るために恐る恐る開く。


「こ、これは……!」


 そこには、『授業退屈だよな』と書かれている。

 こういうのを書くのは、美久里の知っている範囲では一人しかいない。


 隣を見てみると、案の定得意そうにそう笑う朔良の姿がある。

 美久里はつられて笑い、書かれた内容の返事をその下に書く。


『ほんとだよ。わけわかんない』


 書いた後は、先生の目を盗んで朔良の机の上にそっと置いた。

 美久里の返事を見た朔良は、フッと小さく吹き出す。

 ノッてくれた美久里に気を良くしたのか、朔良がまた何かを書いて投げてくる。


『お前数学苦手だもんな。まあ、あたしもだけど』

『そうだったね。なんで数学ってものがあるんだろ』

『そんなに嫌いなのか』


 ある程度やり取りをしたら、チャイムが鳴った。

 もう少しだけ楽しんでいたかったのに。

 初めて数学の時間が楽しいと思えたから。


 授業の内容が頭に入っているかはともかく。


「あ、あの、朔良……っ!」

「ん?」


 だから、伝えなくてはならないと思った。

 朔良がどういった意図で手紙を回したのかはわからないし、向こうが楽しんでいたのかもわからない。

 だけど、それでも。


「あ、ありがとう……!」


 自分はそれに救われた。

 それだけは胸を張って言える。

 美久里の感謝を受けた朔良は、首を傾げて不思議そうにしている。


「どういたしまして?」


 朔良の頭は疑問が残ったままだろうが、美久里の言葉を笑顔で受け止めてくれた。

 美久里は満足そうにしながら、次の授業の準備を始めるのだった。

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