第55話 のりかえ(紫乃)

「なんか……合わないな〜」


 紫乃は当然のごとく美術部に所属しているのだが、何かが違う気がしてならない。

 確かに絵を描くのは好きだし、得意だと自負している。

 なのだが……何かが違う。


「うーん、なんなんだろ〜……」


 真っ白なキャンバスと向き合っているが、その白が他の色で埋まらない。

 スランプというわけではないが、筆が進まないのだ。


「うん、今日はやめるかぁ」


 紫乃は早々に諦め、筆をおく。

 そして誰もいない美術室から立ち去った。

 すると、すぐに賑やかな笑い声が耳に入る。


「ここは……漫研?」


 マンガ・アニメ研究会――通称『漫研』の部室は、美術部の部室と近いところにある。


「もうやめろよー」

「やめないにゃ〜!」

「あ、あの……もう少し声のボリューム下げた方が……」


 その笑い声の中に、聞き覚えのある声が混ざっていた。

 とても楽しそうで、自分も混ざりたくなってしまう。


 だが、きっとその声たちは紫乃をお呼びではないだろう。

 紫乃はそう思い、静かにその場を離れようとした。

 ――が。


「あ、あれ……紫乃ちゃん?」

「み、美久里ちゃん……!」

「お、紫乃ちゃん」

「え? なになに? しのにゃん?」


 ドアが開いて、美久里が紫乃に気づく。

 そして、騒いでいた二人もドアの隙間から顔を出てきた。


「どうしたの? 今から帰るの?」

「紫乃ちゃんさえよければ一緒に騒ごーぜ」

「はじめましてにゃあ。君みたいな可愛い子、大歓迎だにゃ」


 美久里が純粋に首を傾げ、朔良と瑠衣が紫乃に手招きする。

 そこに暖かい光が射し込んだ気がした。

 自分が求めていたのは、これだったのかもしれない。


 みんなでワイワイやりながら、そのそばで絵を描く。

 気を許している人たちと笑い合いながら、楽しく絵を描きたいのだ。


(部活……変えよう……!)


 この日、紫乃は部活を乗り換えることを決意した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る