もしも美久里に好きな人がいたら

「――それでは会議を始めます」


 ――穏やかな昼下がり。風が爽やかに体を突き抜けていくような爽快感が広がる。

 ――自然豊かな公園。

 その一角で、不穏なオーラを放つ――一つの小さな集団があった。


 ☆ ☆ ☆


 数時間前。聖タピオカ女子高等学校にて。


「え、何? 好きな人……?」

「そう。美久里はいるかなと思ってさ」


 弁当を食べ終え、二人はお菓子を頬張る。

 そんな時間に、朔良は友人にそんなことを訊いていた。


「うーん……そうだなぁ……」


 友人は少し考え込むように顎に手を添えると、


「いるっちゃいるかなぁ……」


 ――と、照れくさそうに笑う。

 朔良はその言葉を聞いて、銅像のように固まった。


「……あれ? 朔良? おーい」


 そう心配そうに朔良に呼びかける声に……だが、気付くことができないまま。

 朔良は自分の教室へと帰っていった。


 ☆ ☆ ☆


 そして現在――


「なるほどなるほど。それは――」


 朔良の話を聞いて、紫乃は重い空気を漂わせて――


「――一・大・事ッ! だね!!」


 ものすごい気迫と眼力で叫んだ。

 眼は燃え盛っており、踏み込んだ足は砂埃を起こさせた。

 無駄な演出をした青髪の少女は、なおも続ける。


「美久里ちゃんに好きな人がいるとか――一体どこの誰なの〜!?」

「えーと……ちょっといいっすか?」


 だが、吼えた声はどこか遠くでこだまし、むなしく響く。


「ん〜? なに〜?」


 くるりと今までの態度を嘘のように変え、花を咲かせるような笑顔で――

 おずおずと手を挙げた少女に向き直る。


「……あのっすね? なんでうちも呼ばれたのかを聞きたいっす……」


 手を挙げた少女は、紫乃の変わり身の早さに戸惑いつつ。

 純粋に何故自分が呼ばれたのかと問う瞳に。

 紫乃は――言った。


「え? 葉奈ちゃんも美久里ちゃんのこと好きですよね?」


 ――…………

 ……えーと、こういう時はなんて言えば良いのだろうか。


 葉奈と呼ばれた少女は数秒熟考し、これしかないと思って告げた。


「友だちとしては好きっすけど、別に恋愛感情はないっす」

「え……なんでだ……? あんなに可愛いのに……」


 葉奈の答えが気に入らなかったのか。

 今まで口を噤んでいた朔良が、不思議そうに首を傾げている。


「え、好きになってほしいんすか?」

「ちがう! なんで恋愛感情がないのか訊きたいだけだ!」

「なんでって言われても……」


 朔良の気迫に押され、葉奈は狼狽える。

 しかし、思わぬところから援護射撃がきた。


「ライバルが減ったのはいい事じゃないですか。その分余計な気を張ってなくてすむんですし」

「……萌花ちゃん……」


 葉奈は、萌花が援護射撃をしてくれたことに感謝し、安堵する。


 ――萌花と呼ばれた少女は、長い小麦色の髪をくるくると指でいじっていた。


「ていうか! これ、作戦会議でもなんでもなくないですか!?」


 萌花が叫んだ疑問に、朔良は不思議そうに首を傾げる。


「……? 作戦会議だが……? “いかに美久里の、好きな人との交際を阻止できるか”の」

「…………ああ、そうですか……」


 ――そういうことを訊きたかったわけではない。

 だが、それを言える雰囲気じゃなかった。


 その朔良の言葉を訊いて、紫乃は今更思い出したかのように殺意を語った。


「――ふっ。美久里ちゃんが誰かを好きならそれでもいいよ〜。けど――」


 そして、一呼吸……深呼吸してから――叫ぶ。


「それが碌でもないやつだったりッ! ましてや、男だったりしたら――許さない!」

「……何言ってるのかわからないっす……」


 娘が初めて恋人を連れてくる前の母親のように言う紫乃に。

 葉奈は訳が分からなくなって、声を震わせた。


「それはともかく〜! 僕たちが美久里ちゃんのことを想う気持ちの方が勝っていると〜! 証明せねばならぬのです!」


 葉奈の指摘を受け流し、紫乃は演説するように拳を震わせる。

 それに感化されたのか、「おぉ〜!」と感嘆の声を漏らす朔良の姿があった。


 ――だが。

 萌花は、既に興味無さそうに地面の土をいじり始めている。

 葉奈は現実逃避するように、地面に座り込んだ。


 ――そんな温度差の激しい公園に、事の発端となった少女が現れた。


「……あれ? みんな揃ってどうしたの……?」


 その少女は、紫色の髪と、紫水晶のような瞳を揺らして問いかけた。

 その問いかけに、温度差の激しかった公園は一定の温度となり――凍った。


 石像のように固まった集団を、少女は目を丸くして驚いている。


「え……!? なんでみんな凍ってるの!? どうしたの!?」


 涙目で叫んだ少女。

 だが、しばらくしたら氷が溶けて、元々の体温を取り戻した面々が映る。


「え、あ、みんな……良かったぁ……」


 紫髪の少女は心底安堵するが、公園で作戦会議をしていた少女たちは――

 ――この世の終わりみたいな顔をしていた。


「え? え? 本当にどうしたの……??」

「そ、それは――」

「……美久里ちゃんの話をしてたっすよ」


 困惑している美久里に、なんとか弁明しようと紫乃が口を開いた――が。

 腹をくくって、葉奈が答えた。


「朔良から聞いたっす。その……す、好き……な人がいるみたいじゃないっすか」


 口ごもりながら、なんとか言葉を紡ぐ。

 それに続いて、朔良も言葉を発する。


「そ、そう……! だからさ……その……誰かなって思ってさ」


 萌花は行く末を見守るように、ただ目を瞑る。

 当の美久里はと言うと――


「え……そ、それは…………」


 と、頬を赤らめて顔を逸らした。

 そして、しばらく沈黙が続いてから――拙く告げた。


「えっとね、そ、その…………み、みんなが……いつも一緒にいてくれるから……みんなと出会えて良かったなって……思うんだよね」


 ――キュン。

 確かに、その空間にはその音が響いた。

 涼しい風が、少し熱を伴って――その場を吹き抜けている。

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