天職
まぐのりあ
天職
カランカラン。
少し古びた乾いた音で迎えられる。
仕事中には誰とも話さない僕に「お疲れ様」と言っているようで、ここに来ると落ち着く。テーブル席が3席とカウンターがあり、マスター一人でやっている喫茶店。マスターはこの1年間仕事帰りに毎日通っている僕も声を聞いたことがない。カントリー調だが、盆栽が置いてあり、その統一感の無さも僕を安心させてくれる馴染みの店だ。
僕は窓際の席について、外を眺めた。7月夕方。眩しく輝く街は、夏の楽しい出来事をまちわびているようで妙にそわそわしている。僕には無関係だ。と、ガラス越し店内で思う。
マスターにアイスコーヒーを頼み、改めて、はあ。とため息ともつかぬ声を出す。
店内にはヒソヒソと顔を近づけて話している若いカップルが1組と、カウンターに漫画を読んでいる小太りのスーツの若い男。僕は仕事帰りに友人と待ち合わせする時には必ずここを指定する。
ここでなら待ち時間が苦ではない。こういう周りが気にならない場所でこそ時間が流れるのに身を任せられる。客を選ばない店。店に選ばれない者の行き場が少なくなっているなあ、なんてとりとめなく考えていると、
カランカラン。
と乾いた音が鳴る。
僕は軽く手をあげる。そんなことしなくても入り口にたてば、この狭い店内では僕の姿は見えているのだけど、何となくこうしなくてはいけないような気がする。
「おー、暑いな。アイスコーヒー」
雄二は、水とおしぼりを持ってきたマスターに言うと僕の前に座り、
「いやー、ほんと暑いよ。」
痩せ型の僕と違って雄二は少し肥満なので汗を大量にかくのか、おしぼりで早速顔中を拭き首を拭き挙句の果てには脇まで拭きながら
「この時期は本当に辛いよな、一番辛いよ。冬が来たら冬が一番辛いって思うんだ
よ。」
ハハハ。と笑った。その笑い声が店には不似合いな、まるで居酒屋でのおしゃべりの中での笑いのような大きな声で、漫画を読んでいる若い男とマスターが顔を上げずに視線だけで僕達を非難する。僕は軽く会釈する。雄二を睨むが、僕の視線にすら気づかず僕に顔を近づけると
「それで、最近どうよ?」
と。お決まりの文句。そして無駄に深刻な顔をする。
僕達は場所が少し離れてはいるが同じ業種の同じ内容の仕事をしている。派遣会社が同じで働き始めた時期も年齢も一緒のいわば同期だ。僕は他人に僕の仕事内容を言う時は肉体労働のアルバイトをしている。と言うことにしている。
理解されにくいからな。雄二はたまに仕事後に電車で僕の勤め先の近くに出てきてこの店でとりとめもなく話す。僕は出不精だから雄二の所に行ったことはないが、雄二は全然気にもとめてないらしい。雄二の家には嫁と1歳になる子供が待っているからあんまり遅くまでは話せないが。
「俺ら1年になるな。この仕事して」
「そうだな。参っちゃうよ。子供に落書きされたり物ぶつけられたり。」
僕が愚痴を言うと
「俺、もうやめようかな」
僕の話には答えず、ちら。と僕を軽く見る。
止めて欲しいのだ。いつものことだ。雄二はこの仕事が気に入っている。人にこんなに有難がられる仕事は他にはない、俺の天職だ。と鼻息荒くいつも言っている。
「気にいっているくせに」
と軽くあしらうと、ふ、ばれた?といたずらっ子のような目をしてニヤッとする。
「大変だよな、夏と冬の真只中は」
僕が言うと、やっぱり答えず、
「社員にしてくれないかなあ」
若いカップルをみながら独り言の様に雄二が呟く。そう。それも気になる。僕達もいい年だ。そろそろ社員になっておちつきたい。
最近では古株の社員に、ぽん。と肩を叩かれ
「もう一人前だな。」
と褒められるまでになったことだし。
「ちょっと、行く?」
とビールを飲むまねをしてヤツが僕を誘う。
「そうだな、たまには」
それが合図だったみたいに、二人同時に立ち上がる。僕達は会計を済ませて街に出る。
カランカラン。
店を出ると夏の夜がすぐそこにせまっているのが良く分かる。僕達は夜になる前の輝きをはなつ街の中に、早く追いつかなきゃ。とでもいうように小走りに紛れ込んだ。
僕の名前は保田道夫、31歳・仕事は仏像。嫌な事もあるが、実は僕も結構気に入っている。今度友達にも勧めてみようか。
店を出て2分もたたないうちに既に汗だくのゆうじを横目に見ながらぼんやり僕は考えていた。
天職 まぐのりあ @magnolia81
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