第2話 恐怖と悪夢の提供者

 俺は見知った男に向けて右手を差し出す。

 薄暗いアジトで満面の笑みを浮かべているのは、中学の同級生だった男だ。


「中西、よく帰ってきたな」

久良岐くらき修平か。懐かしいな。変わってない」

「おいおい、冗談かよ。こっちはもう三十五のおっさんだぞ。それに引き換えお前、いなくなったときと、ほとんど変わらないじゃないか」


「理屈はわからないが、向こうで俺は二年しか過ごしてないんだ。だから、十七だ。年上の大人のいうことを聞かないといけないな」


「勘弁してくれ。そんなことされたら、余計老け込んじまう」

 中学三年の春、同じクラスから生徒会長になった男は、爽やかな押し出しの強さをそのままに、年齢相応の貫禄も身に着けている。


 まずは今の日本の状況を伝えたいとの久良岐の言葉を受け、俺たちは二人きりになれる応接室に入った。

 カーミラ、バアル、ランスロットたちには周辺の警戒を頼み、外へ出させる。


 変わらず薄暗い部屋に小さなガラス製のテーブルが置かれ、両脇それぞれに二人がけのソファが置かれている。


 向かい合って座った俺たちは、目が合った瞬間、少し気まずく笑い合った。


「まさか中西が生きていて、魔帝国の軍事顧問になってるとはな」


「それは違う。俺は魔帝陛下の個人的な食客だ。俺に言わせれば、あの爽やかで真面目な久良岐がパルチザンの領袖りょうしゅうとは実に意外だ。奴らに言わせればテロリストなんだぞ」


「そうだな。テロリストとか、反政府武装勢力とか。平和な世界を脅かす敵だと思ってたもんに、自分がなるとは思わなかった」


 2028年9月、半島南部政権が突然、汎ユーラシア連邦への加入を発表すると同時に、汎ユ連が日本とアメリカ合衆国に宣戦布告する。

 2年に渡る互角の戦いは、日米ミサイル防衛の僅かな隙をついて汎ユ連の核ミサイルが横須賀市中央部に弾着したことで、様相を大きく変貌させる。

 それが元で戦力バランスが大きく崩れた一方、日本で左派野党によるクーデターが起き、天皇陛下が拉致された。

 陛下は日本の全面降伏を宣言する。


「今は北海道の暫定政権、横浜と沖縄のパルチザン活動だけが、日本独立のために戦っている状況だ」


「そうか。厳しいな。それで、敵さんのロボット兵器を見たんだが、あれに対抗する物はこっちにもあるのか」


 連邦軍が使っていたロボット兵器は、技術的にも戦力的にも、俺が召喚できる堕天肢だてんしに到底かなうものではない。堕天肢は、魔法やエリクシア錬金術の粋を極めた最高賢者だけが開発・整備が出来る。しかし、相手ばかり百も二百もいたら、勝つのは難しくなる。


「月光を見たのか」

「ああ。12機に囲まれてたから、全部戦闘不能にしてきた」

「何? あの月光をか」


「それくらいで驚くな。魔帝国の軍事技術はこっちの世界を遥かにしのいでいる。とはいえ、借りられるのは俺の一騎だけだ。とんでもない数で囲まれたら、さすがに勝てない」


「なるほど、そうだな。今、隣の整備場に新型が2機いる。すぐ動かせるのはそれだけだ」

「そうか、予想より遥かに少ないな……」


「ああ。核ミサイルが落ちたとき、たまたま日米の主力艦隊が、横須賀に投錨中か、近くを航行中だった。全艦被爆して、制海権を汎ユ連に奪われている」


「なるほど。制空権は」

「厚木や岩国が無事だったから、降伏するまでは互角だったんだ。だが、今は……」


「制空権・制海権は抑えられており、補給に制限があるのか……」

 予想していたよりも、厳しい状況だった。


「水や食料、小型の武器くらいなら、アメリカ軍が無人機で飛ばして投下してくれる。だが、スチールアーミーほどの軍事機密は投下なんて不確かな手段は取れないからな」


 俺が堕天肢で補給をサポートして、一大反攻作戦といった単純な戦い方でなんとかなる状況ではない。


 その日は深夜まで久良岐と情報交換をし、終わるなり宛がわれた部屋のベッドに倒れ込むように眠りについた。



 ◆◇◆◇◆



 日中から夕刻にかけて、放射性物質の除染をしつつ、横濱パルチザンの拠点の捜索をするのが、敵さんの主な活動らしい。

 数が多い側は、基本的に日中活動する。夜の闇という環境要因が少数派にチャンスを与えがちだからだ。


 除染作業をコツコツやったためか、かつての横浜駅周辺まで敵の勢力が伸びて来ている。夕日に照らされた機甲歩兵が、長い影を伸ばす。


「で、夜はどうなるんだ」

 他に誰もいないビルの窓から、俺と若菜は敵の除染作業の様子を確認していた。


「新しく確保した区画に警戒用の装甲車や機甲歩兵を配置して、夜襲に備えます」

「なるほどな。除染が済んだら自分の領土の最前線という考え方か。わかりやすい。で、こっちはいつも何をしてるんだ」


「はい、夜陰に紛れて爆破攻撃をしたり、混乱に乗じてスパイを送り込んだりします」

「そうか。ところで、敵さんの『月光』のサンプルなんて貰ったことはないのか」


「サンプル? 拿捕だほみたいな話ですか?」

「そうだ」

「まだ一度もありません。夜は夜で、敵が赤外線探知をしやすいので、私たち生身の人間では難しいです」


「なるほどな。今夜、やるぞ」

「どういうことですか」

「サンプルを手に入れる。行けそうなら行っていいと、久良岐に話は通してある」


 気づけば、異世界から連れてきた仲間たちが俺の周りに集っている。彼らが飛び回って手に入れた情報を貰いつつ、月光奪取作戦の詳細を詰めていく。


 若菜のそばにはランスロットを置く。バアルとカーミラは、今回実戦に参加させる。マントの中身が昆虫の化け物であるバアル=ゼブルと、吸血鬼であるカーミラなら、敵に恐怖を植えつける戦いに適している。


 ランスロットは、魔人だが、限りなく人の姿に近い。そのことで若菜も接しやすいだろう。


 話している内に、陽が落ち、暗闇が訪れる。被爆を逃れた地域は、以前の日本と変わらず、たくさんの光にあふれている。

 あの一つ一つに生活している日本の同胞たちは、汎ユ連による支配をどう考えているのか。


 襲撃を行う深夜まで、若菜との情報交換や、異世界での旅の話を続ける。


 適度に若菜の生い立ちなども聞いてみる。彼女は戦争が始まるまで何不自由なく、横須賀の両親の元で生活していたという。

 核ミサイルが落ちた日、彼女は部活動のために国立大の付属中学に登校しており、直撃を受けずに済んだらしい。

 しかし、横須賀市内に勤めていた両親は即死、遠い親戚関係にある久良岐が彼女を引き取ったのだという。


 話しているうちに、予定時間に到達して、出撃準備をするため、屋上に出る。


「召喚、ルシフェル・ノワール」

 俺の喚びかけに答えて、堕天肢「ルシフェル・ノワール」が俺を包み込むように召喚される。

 俺は生贄として、彼の腹部に格納される。俺の血液や魔力を吸収できるよう、へその異名をもつケーブルが俺の身体を突き刺す。


 初めて召喚を目にした若菜が目を丸くしてこちらを見上げている。ランスロットが安全のために彼女を建物の陰まで連れて行く。


 カーミラとバアル=ゼブルは、補助作戦のために飛び立つ。


 少しタイミングをずらして、ルシフェルも1機目の敵をめがけて飛び立つ。


 敵にとっての恐怖と悪夢が始まる。

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