横濱パルチザン!
第1話 異世界からの軍事顧問
世界間ゲートの中から
俺が異世界に来てから二年が経った。
魔帝アプロウィヌス陛下の心配りにより、帰郷が叶う日が来たのだ。
異世界で命を委ね合った信頼できる仲間たちと共に、俺はゲートに足を踏み入れる。
幾つもの光のカーテンを潜り抜けた向こうには、小さな闇が開かれているのが見える。俺がその闇を意識するだけで、身体と魂が自然とそちらに引かれていく。
狭間では光に「感触」があり、時に腹や首などにまとわりついてこそばゆいことがある。
それらを払いつつ、目的のゲートに向かっていく。
ゲートを潜り、足が地に達したとき、俺は戸惑いを覚えた。後ろでは仲間たちもまた、微かな足音を立てて日本に降り立ったようだ。
「あれ? 横浜って、すごい都会だったと思うんだけど……」
吸血鬼のカーミラが小声で疑問を口にする。彼女は俺との生活で日本語に堪能なため、何度か使節として日本を訪れている。
異世界生活を通して夜目がきくようになった俺も、違和感を覚えている。ここは象の鼻パークのはずだ。江戸時代末期に作られたという、象の鼻に形が似た突堤が確かにある。
更には、みなとみらいの高層ビル群も以前のように立ち並んでいる。
ただひとつ、明らかにおかしいのは、街灯はおろか、高層ビル群の窓ひとつとっても、灯りがないのだ。
大きな月とよく輝く星々は、わずかな光を届けてくれる。一方で、真っ黒な壁となり立ち尽くす高層ビルたちは、命を失ったかのようにただ黒い壁として
「お待たせしました」
声の方向を注視すると、肩にかかる髪の長さで、あとげなさも残した少女が緊張の面持ちでこちらを見ていた。
「ネルソンさん?」
「マンデラだ」
事前に教えられていた
「大変申し訳ないのですが、ここでゆっくりお話はできなさそうなんです」
「だろうな。君の移動手段は?」
「車で来ましたが、状況を見て帰らせました」
「いい判断だ。俺の腕をつかんで離すな」
「はい」
少女は言われた通りに俺の腕を力強く掴む。
カンッという点灯音が聞こえて、先ほどまで俺たちがいた場所が明るく照らされる。
そこにはもう誰もいない。俺たちは、
「隠れても無駄です。抵抗しなければ、国賓としてお迎えする用意があります」
国賓とは、大仰な話だ。魔帝陛下の個人的な食客に過ぎない俺が、国賓だと。
「我々日本特別自治区政府ならびに汎ユーラシア連邦は、魔帝国エルナシークからの使節を歓迎します。どうか、テロリストと手を組むなど愚かなことはせず、我々との正式な国交を開いて頂けないでしょうか」
全く。怪しいロボット12機も揃えて囲んでおいて、なにが歓迎だ。
こちらに話し掛けてきた女性の声は、軍人のものではなさそうだ。外務省の諜報担当者か何かだろう。心なしか知っている声のような気もするが、具体的な名前までは浮かばない。
「日本大通り方面のビル群に行きましょう」
黒髪の少女が、海と逆方面を指さす。
「対抗手段がないなら、それがベターだな。だが、対抗手段はある。なら、ここで奴らに恐怖を植えつけておくのがベストだ。ここでこいつらと待てるか?」
俺に同行してきたカーミラ、バアル、ランスロットが黒髪の少女と目を合わせる。
「わ、わかりました」
「よし。彼女を頼むぞ」
「
三人が
「ご武運を」
◇◆◇◆◇
彼は、汎ユーラシア連邦陸軍特別治安維持局、第3機甲歩兵中隊長として、異世界から来たはずの軍事顧問を威圧する役割を与えられている。
「もったいぶりやがって」
異世界の化け物がどれほどのものかわからないが、練度の高い機甲歩兵中隊を相手に、そうそう出来ることもないはずだ。
無駄な抵抗をせず、降伏さえしてくれれば、悪くする気はない。砂羽は、口に出すことはないが、兄の情報を得たいのだろう。
かつて、砂羽の目の前で異世界人に連れて行かれた砂羽の兄、中西翔吾。今まで得られた情報では、魔帝国エルナシークにいるらしいのだ。
だから、砂羽はエルナシークの使者と話すことを熱望している。しかし、もし戦闘になってしまえば、海賢も部下を守るために手を抜けない。早く、降伏して欲しい。
通信で定時報告が入る。汎ユ連の公用語は多くあるが、連邦軍では北京語に統一されている。
〈301小隊異状なし〉
〈302小隊異状なし〉
〈303小隊、通信障害の可能……〉
ザザッというノイズと共に、303小隊からの通信が途絶える。
海賢は303小隊に何度か呼びかける。反応がないため、直属の300小隊を連れて状況確認が必要になる。
〈300小隊は303小隊の状況確認のため移動する〉
〈301了……うぇっ、ぎゃぁぁぁぁ……〉
〈301小隊、どうした? 状況報告せよ〉
〈こちら302小隊、交戦開始。援……〉
海賢は自機の後ろに控えているはずの直属の部下を確認する。異常はない。
〈302小隊の支援に向かう〉
〈
〈
移動を開始した瞬間、Bの上に何かが落ちてくる。大きな陰に踏みつけられたBのコックピットが長い棒のようなもので貫かれている。
〈散開、各個攻撃を許可〉
そう通信して近くのビルにハーケンを四つ打ち込む。リールが回り、タイミングよく自機がスラスターを噴かすことで、ビルの上に登る。
その間に、逃げる間もなくCが長い棒に貫かれていた。
「クソッタレ! 俺の部下たち全員、殺しやがったのか」
右腕機銃を巨大な陰に撃ち込むが、既にどこかに消えている。
「やめてーーー!」
砂羽の声が響く。
強い衝撃があり、ビルが崩れ始める。警報音が、敵の接触を伝える。
「上か!」
右腕機銃を自機の上に向けようとすると、金属同士が強くぶつかり合う音が響き、アラートが右腕欠損を伝える。
自機が重みから解き放たれる。すると、メインモニターに黒い影のシルエットが見える。
それは黒い騎士のようであり、ところどころ露出している筋肉組織や、背中に一瞬見えた翼のような光を考えあわせるなら、悪魔のようでもあった。
「もうやめて。お兄ちゃん、なんでしょ」
拡声器に乗せられた声は、砂羽の絶望に打ちひしがれた姿を思い出させた。
メインモニターの悪魔の向こうに、拡声器を握りしめた砂羽と思われる人影が見える。
悪魔に光の翼が生える。
大きな影は、夜空に向けて飛び立つ。
「待って、お兄ちゃん……」
砂羽の声が涙で濡れている。
劉海賢は己の不甲斐なさに舌打ちする。部下たち全員の命を奪われ、砂羽を泣かせている。
「クソッタレ! 糞が。クソッタレが!」
メインモニターを叩き潰した右拳が、パイロットグローブを赤く湿らせていた。
◆◇◆◇◆
「なぁ、今は西暦何年なんだ」
俺は横濱パルチザンのアジトに向かい歩きながら、青葉若菜と名乗った少女に訊ねる。
「2035年です。中西さんが異世界に行ってから20年経っています」
「20年、か……」
俺にお兄ちゃんと呼びかけたあの女性は、本当に砂羽なのか。あのとき小学三年生だった砂羽は9歳だった。20年経ったなら、今は29歳。ちょうど、それくらいの見た目だったか。
俺、中西翔吾が異世界で2年過ごしている間に、地球では20年もの月日が流れていたという。
日本が中国に侵略されたとか、核ミサイルが横須賀に落ちたとか、わずか2年の間に唐突にとんでもないことが起きたと思っていたが、20年もの長い期間に渡る伏線があってのことだったのだ。
「核ミサイルの汚染の影響で、横浜まで人っ子ひとりいなくなったのか」
若菜は
「はい。三浦半島全域と横浜都心部まではまだ汚染がひどくて、一般人は立ち入り禁止になっています」
「君たちは、ただ潜んでいるだけでも命を削っているのか……」
「今日からは、貴方もです、中西さん」
「翔吾と呼んでくれ」
「わかりました」
馬車道から官庁街、中華街と歩いていく。
平日でも観光客の姿が多く見られるほど賑わっていた故郷の街に想いを馳せ、今のこの状況に怒りが湧いてくる。昔済んでいたマンションにも灯りひとつない。
元町を過ぎ、
「ここが横濱パルチザン最大の拠点です」
若菜が扉をノックする。
「ジョージか?」
「ワシントンだ」
開いた扉の向こうには、かつて見慣れた友が待っていた。
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