幸せ

n.

第1話

幸せ  kwmr



趣味はお酒、なんて言ったら印象が悪いかもしれないが、好きなものは仕方ない。好きなことを仕事にしたいと思い数年前にバーテンダーに就いた。QuizKnockの仕事と両立させながら趣味を楽しんでいる。自分の働くバーに、毎週来店する綺麗な女性がいる。カウンターの1番端っこという特等席。どのバーテンダーにも"いつもの"と言って彼女のお気に入りを喉に通す。艶のある黒髪を靡かせながら。ほら、今日もまた。



「いらっしゃいませ」

『今日は河村さんなんですね、いつものを』

「かしこまりました」



会話で見てわかるように、彼女はあまり出勤しない自分の名前すら覚えるほど通っている。偶に言葉を交わすと、彼女の口からは他のお客さんだったりバーテンダーの話が出てくる。今日はどんな話を聞けるのかな、なんて。



『河村さん、聞いてください』

「何でしょう」

『好意を抱いていた異性に飽きたら、きちんと関係は終わらせるべきですか?』

「俗に言う恋人、ですか」

『お察しが良い』

「自分は今までそのようなお話とは無縁でしたので…」

『でも曖昧な関係は良く無いですよね』

「そうですね、気持ちはちゃんと伝えるべきかと」

『別れ話、切り出すの少し怖いんです』

「そうですか」

『だから聞いてみました』



だから聞いてみました、と言われても。二十年近く生きてて恋愛経験は0ではないものの恋人がいると実感したことは一度もない。だからアドバイスと言えるほどのものは渡せていない。


すると頭の中の糸がぷつん、と切れたようで。

何となく、顔が青ざめていくのが分かって、彼女から逃げるように裏へ入る。


別れ話を切り出すのが怖い彼女に対して、早く別れて欲しい、なんて黒い考えが浮かび上がったのだ。


今まで縁が無かったのに、どうして急に。こんな感情、正直気付きたくなかった。


他のバーテンダーにお客様がお呼びですと言われ、すぐさま面に向かい、仕事を続ける。


彼女は不思議そうな顔でこちらを見ている。



『河村さん大丈夫ですか?』

「先程は失礼しました」

『顔が真っ白ですが』

「薬の効果が切れたようで、みっともない、」

『お大事になさってください』

「ありがとうございます」



咄嗟についた嘘が下手すぎる。何が薬の効果だ。彼女は察しが良いのでバレてないと良いのだが。




時計は11時手前を指していた。もうすぐ閉店時間だ。

彼女は支払いを済ませ、"今日も美味しかったです、また進展があったらお話聞いてください"と言い残し、店を去った。


この黒い感情に気付いてしまった以上、彼女と今まで通りには接することが出来ない。そして早く進展を聞きたい。自分勝手な行動に出る前に。彼女を困らせてしまう前に。

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