第27話

「トーストかあ」

「なに、あんたも食べたいの? 焼いてあげるよ」

 思いも寄らない増美の言葉に金太は心が揺れた。自分が食べるためではなく、ジョージに食べさせてやりたいと思った。おそらくジョージは、ずいぶん長いこと焼きたてのトーストを食べたことがないに違いない。

「焼いてくれる?」

「うん、いいよ。これ食べちゃってから。だからちょっと待ってて」

「うん」

 金太はそう返事をすると、左の手のひらでジョージを牽制しながらテレビに目を向けた。

 ふたたびリビングが香ばしい匂いで充満する。増美がお皿に載せたトーストを持って来てくれた。

「なにか飲む?」

 やはりこういうときは姉になるのか、弟の面倒を看ようとする。

「うん、ミルクがいい」

「ちょっと待ってて」

 増美はキッチンに向かうと、冷蔵庫から冷たいミルクをグラスに入れて戻って来た。そしてリビングのテーブルに置こうとしたとき、

「キヤーッ!」

 聞いたこともないほど大きな声を発したと同時に、まだ手にあったグラスを放り投げた。たちまちリビング中に白い液体が飛び散り、甘いような粘っこいような匂いが充満した。

「なんだよォ」

 金太には半ば原因がわかっていたが、わざと平静を装って姉を見る。

「そこ、そこ」

 増美は震える指でガラス戸のあたりを指差して喚く。

「うん?」金太は姉の指差すほうに目をやり、「そこがどうかした?」相変わらずとぼけた返事をする。

「なにかいる。なんか変な生き物が」

「どうかしてんじゃないの? なにもいないよ」

 金太はソファーの下を覗き込みながらいう。

「そんなことない、わたしちゃんと見たも。その開いてる窓の隙間から外に逃げ出したんじゃないの」

 増美はへっぴり腰になったままずっと指を差したままだ。

「わかった。オレが部屋のなかを調べるから、ネエちゃんはそのぶちまけたミルクの後始末をしてよ。またカアさんにしかられるからさ」

 金太は、一旦カーテンを全部閉め、なるべく増美をジョージに近づけないようにしながら、さも調べているかのようにリビングを歩き回る。

「やだァ、もう。ちゃんと調べてよ」

 増美は、泣きそうな顔をしながら恐るおそる絨毯やフローリングを拭きはじめるのだった。

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