第12話

「うし、ヤッター」

 デーモンはつい声に出してしまった。それを見た金太は、悔しそうな顔で餌をつけていた。釣れたのはさっきと同じヘラブナで、サイズも同じくらいだった。

「この池おもしろいね」

 デーモンが魚をリリースしながら笑顔でいった。

「そうだろ」

 金太はそういうしかなかった。でも内心は悔しさで煮えたぎっていた。

 2時間ほどして、

「もう帰らないか」

 金太は直接いわなかったが、きょうばかりは降参の白旗を揚げた。悔しいことに1匹も釣れなかったのだ。何度もこの池で釣り竿を垂れているのだが、こんなひどいのははじめてだった。

「そうしようか。でもはじめての釣り方だったけど、すごくおもしろかった。これからも誘ってくれるかい?」

 デーモンは金太の気持などお構いなしで、無遠慮にいった。

「別に、デーモンが行きたいっていえば、オレはいつだって付き合うよ。だってロビン秘密結社の仲間だろ」

「センキュ」

 デーモンは金太のあまり聞き覚えのない発音でいった。

「センキュか……」

 金太はデーモンが聞えないくらい小さな声で反復した。


 自転車を走らせて河合邸の前まで来たとき、

「咽喉が渇いてないかい? ぼくんに寄ってジュースでも飲んで行かないか」

 デーモンが自転車から降りながら金太を誘った。

「別に、いいけど」

 確かに金太は咽喉が渇いていた。それもあったが、久しぶりに河合爺さんの顔が見たいと思った。

 河合邸の門をくぐって石畳のアプローチを進んで行くと、見覚えのある薄いグリーン外壁が見えて来た。この前来たときと違って、デーモンの後ろからだから金太はまったく逡巡することはなかった。

 デーモンはまず洗面所に金太を誘った。魚の餌で手指がゴベゴベになっている。それを洗い落とすのが先決だった。

 リビングに戻って高級なソファーに腰掛けたそのとき、ドアを開けてお手伝いの君代さんが姿を見せた。

「あら金太さん、いらっしゃいませ。お久しぶりです。お元気でしたか?」

 オレンジジュースの入ったグラスをテーブルに置きながら君代さんは挨拶をする。

「こんにちは」と、恥ずかしそうに金太。

「なんでも、今度涼介ぼっちゃんと同じクラスなんですってね」

「はい」

「仲良くして下さいね。ところで、きょうはお魚釣りでしたか?」

 君代さんはテーブルの向こうにお盆を手にしたまま訊いた。

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