第96話 粛清対象

 ざわつく朝の事務所内。

 非戦闘員部隊の仲間達と円陣を組んだ俺は、周囲に聞こえないようにひそひそ声で告げた。

「実はな――今、東京にエンペラーが来てるらしい」


 すると、向かいのタイガーがゴクリと生唾を呑み込んで呟く。


「メ、メンヘラ!?」

「いや、エンペラーな……」


 馬鹿らしくなり、さっさと円陣を解いた。


(ダメだこいつら。全然、話が通じねぇ)


 やれやれとスマホのカレンダーを確認すると、今日の予定の欄に『ウォリアーズのアジト訪問』と記されている。


 ひと月おきに行われる形だけの定例会議だ。


(これ今の状況下で行う必要ある? ただ向こうのアジトに行って世間話するだけだけど)


「ボス~、今日のウォリアーズ訪問サボってもいいですよね? どちらも特定害悪組織認定されているわけですし。わざわざ危険を冒す必要もないでしょう」


 当然イエスの返答が来ると思い、欠伸混じりに尋ねると、


「ダメだ。早く行ってこい」

まさかのノーが出た。


「え、何で!?」

「何でではない。このタイミングで活動を自粛したら却って怪しまれるだろう。外から見れば、我々はあくまで民間の貿易会社。こういう時こそ、普段通りの行動を心がけるに限る」


(そういうもんかね……)


 ボスの後ろに控えるティガーに助けを求めるが、無言で首を振られる。

 これは諦めて出掛けるしかなさそうだ。


 やれやれと首を振り、外行きのコートを羽織る。


「禿鷲、ハイエナ、付いて来い。出かけるぞ」



☆☆☆☆☆



(ここが講演会場であってるのかな?)


 ヒーロー軍本部の最奥にある巨大講堂。

 その扉を僅かに開けたサツキが、隙間から中の様子を窺うと、既にフロアいっぱいに人が溢れていた。


『今日の午後三時からエンペラーの演説があるみたいだから、三枝ちゃん、白烏隊の代表として参加してきて』

 シロエ大尉にそう言われて来たのだが――。


 右を見ても左を見ても軍服姿の大人ばかり。


(やば、私めっちゃ場違いかも……)

 制服姿のサツキが入口付近で尻込みしていると、


「三枝、何してるんだ? 早くしないと演説が始まるぞ?」

背後から低い男性の声が聞こえてきた。


 そちらを振り向くと、学ラン姿の王岸が立っていた。


「あっ、王岸くん。黒薔薇隊も演説を聞くように言われたの?」

「手が空いてる奴だけな。俺はたまたま予定がなかっただけだ」


 サツキの質問に短く答えた王岸がさっさと講堂の扉を開ける。

 その後に続き、中へ足を踏み入れた。


「西園寺さんは? 王岸くんと同じ部隊でしょ?」

「あいつは隊長のお気に入りだから無理だな。いつもこき使われてるし」

「へー、西園寺さん上官に気に入られるタイプなんだ。なんか意外かも」

「まあ、良くも悪くも自分の意見をはっきり言うからな。好きな人は好きなんじゃないか?」


 肩を並べたサツキ達が最後列から前方のステージに視線をやると、ちょうど大柄の男が登壇するところだった。


 真っ黒な軍服を纏った強面の老爺。

 サンタクロースのような真っ白な口髭を蓄えている。


(あれがエンペラー? 本当にお爺さんなんだ……)


 一同が見守る中、会場をぐるりと見回したエンペラーが、地鳴りのような声で叫んだ。


「聞け! 東京のヒーロー達よ! ――貴様らは弱腰過ぎる!」


 そのぞんざいな物言いに周囲のヒーロー達が一瞬殺気立つのが分かる。

 しかし、エンペラーはそんなのお構いなしだ。


「東京の治安は安定してると言われているが、それはまやかしだ! モンスターズ! ウォリアーズ! ガーディアンズ! 強力な怪人組織が我が物顔で振る舞っているのを見て見ぬ振りしているだけ! 大型組織の怪人達は自分達がヒーロー軍の標的になることはないと高を括っている!」


 忌々しげに吠えたエンペラーが、一度言葉を区切って話を続ける。


「だが、私が来たからにはそうはいかん。あくまで主導権を握るのは我々ヒーロー軍だ。 怪人どもに目にものを見せてやる」


(うわ、なんか気難しそうな人だなぁ……)

 あまりにも高圧的な言動に面食らうサツキを余所に、エンペラーが堂々と宣言した。


「まず、手始めにダークリンクスを潰した。そして、既に我が精鋭部隊を次の標的の元へ向かわせている。粛正対象は――ウォリアーズだ!!!」



☆☆☆☆☆



 高級住宅街の一角にそびえ立つ高層ビル。

 その最上階にウォリアーズのオフィスはある。


 一面硝子張りの会議室を訪れた俺は、コーヒー片手に世間話に興じていた。


「いや~、このクッキー美味いですね。どこのやつですか?」

「はは、なかなか舌が肥えているじゃないかダマーラ。実はこれ自社製なんだ。最近、カモフラージュの一環として製菓事業も始めてな。試しに机に並べてみたのよ」

「へー、製菓事業ですか。相変わらず、手広くやってますね」


 ボリボリとお菓子を食べながら、目の前の男と気さくに言葉を交わす。


 彼は怪人“アリゲーター”。

 何を隠そう、巨大組織ウォリアーズのボスである。


 スラリと背の高い爬虫類顔の男で、ドラキュラ伯爵を思わせる不気味な装いをしている。


 現在行われている定例会議に参加している人数は5人。

 俺、ハイエナ、禿鷲、アリゲーター、そして、ウォリアーズナンバー2の“カイゾク”だ。


 怪人カイゾクは冷たい雰囲気の若い女性で、アリゲーターの背後に影のように張り付いている。

 目元まで隠れる長い黒髪でその表情は伺い知れない。


 彼女に対する情報はほぼ皆無だが、アリゲーターが分かりやすく贔屓している為、相当優秀なのは確かだ。

 女性としてタイプとかでなければ――。


(というか、こんな形だけの会議にボスとナンバー2が参加してくるって、ウォリアーズどんだけ暇なんだよ……。さっきから、菓子食ってだべってるだけだぞ?)


 生産性のある会話はゼロ。

 これでお金が貰えるのだから、給料制というものは恐ろしい。

 俺としては大歓迎だが。


「しっかし、お互い大変ですね。突然、特定害悪組織認定なんかされちゃって。おちおち外も歩けませんよ」

「ほんと困るよな。うちも本当はテレワークとか導入した方が良いんだろうけど、環境整備にかかる費用などを考えるとなかなか踏み切れなくてな」

「まあ、アジトなんて襲撃されない可能性の方が高いですからね。……とか言ってると、襲撃されるんですけど」

「なんなら、今襲撃されたりしてな」

「はは、怖いこと言わないで下さいよ」

「冗談だ。我々のアジトが襲撃されるなど100%有り得んよ」


 フハハと笑い合った俺とアリゲーターが、尚もしょうもない世間話を続けていると、


「しっ! 皆様、お静かに」

 不意にそれまで黙っていたカイゾクが鋭い声を出した。


(おお、いきなり何だ……?)

 驚いて口を閉じる。


 すると、彼女が突然大声を出した理由が分かった。


 ウーンウーン。

 遠くで聞き馴染みのあるサイレンの音がしている。

 ヒーロー軍到着を告げるサイレンの音だ。


(どこかマヌケな怪人組織がアジトの場所でもバレたか? ご愁傷様だな)


 完全に他人事気分の俺が南無南無と手を合わせていると、サイレンの音が次第に大きくなってきた。

 

 気づいた時には、辺り一帯にけたたましい音量のサイレンが鳴り響いている。


「ちょ、ダマーラさん。大変っすよ。こっち来て下さい」


 興奮したように手招きするハイエナと一緒に窓の外を眺めると、ビルの足元に複数の装甲車が停まっているのが見えた。


「馬鹿な!? なぜ我々のアジトの位置情報がバレたんだ?」


 愕然と呟くアリゲーター。

 たちまち大騒ぎになるウォリアーズ事務所内を横目に、もう一度窓の外を眺める。


 装甲車からゾロゾロと降りてくるヒーロー達。

 遠目からでも分かる。かなりの戦力だ。


(いや、マヌケな組織こいつらかよ……)

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